twnovel:259
寂しい日に、包みを切ってお湯へ入れる。あっという間に溶けていく粉末は菓子であり薬であり、救いの象徴で、私が私に贈れるたったひとつの愛だった。効果が出る数秒、時計の針を追って待つ。 視界が溶ける。私以外がすべて私になっていく。孤独に手を振り、私は床へ倒れこむ。 0214, 2019 #twnvday





twnovel:258
死を求めて旅をしていた。家族はなく、恋人も友も失った。留まることもできず、すれちがう者からは石を投げられ、歩くこと以外には何もできず、あてどなく旅をしていた。 #twnvday 足が動かなくなった日、顔をあげると死がそこにいた。私はずっとそばにいた、と告げられて微笑む。旅はもう、終わりだ。 0114, 2019 #twnvday





twnovel:257
音のないいきものがいた。大きな声にも反応をしないため、聴覚が機能していないとみなされ、保護されたのだ。彼らの処分が決まった日、その日に限って彼らは反抗的だった。苛立ちのあまり世話係の一人が悪態をついた途端、彼らが一斉に振り向いた。「せっかく聞こえないふりをしていたのに」 0114, 2019 #twnvday





twnovel:256
最近、冷蔵庫の中身が勝手に減る。泥棒かと不安になり、監視カメラを確認するも、誰も侵入してはいなかった。そういえば、こころなしか冷蔵庫の色つやがよい。翌日、多忙で料理ができなかった日々の埋め合わせに、食材を詰め込んだ。盗み食いの犯人が、ひもじい思いをもうしないように。
1106, 2018 #140人140字





twnovel:255
何回目のハロウィンだろう。この村には子がいない。菓子を用意しても戸が叩かれることはない。村人はみな飽き飽きしていた。凍った表情、過ぎていく時間――とんとんとん。扉を開けると、旅の若者が合言葉を言ってくる。何年かぶりに、村人たちの氷の心に春のようなぬくもりがじんわり広がった。
1029, 2018 #twTorT





twnovel:254
ひとの言葉を動物に変える職人をしている。 さっきの客の言葉は蝶、昨日の客のは鹿になった。自然界へ飛び出した彼ら、世界のすべてがかつては自身の言葉だったことを、客は思い出すことができない。ひとびとは今日も、誰かの言葉だったいきものを、そうとは知らずに憎み、愛している。
1010, 2018





twnovel:253
寄り道が好きだ。 生活をする命を見るのがいい。茶を飲む老夫婦、道端で泣く少女、ゲームをする青年、カレーライスや入れたての湯の香り、落ちる林檎、何もかもが愛しい。少しのんびりすれば、サバンナのゼブラの群れも見える。 私の名は月。私のすべては、寄り道の権化のようなものだ。
9月 24, 2018 #tw月の友15





twnovel:252
右耳からカタツムリが出てきた。 彼曰く、人間の内耳にはほんとうにカタツムリが住んでおり、ふだんは肉体の一部としてふるまっているものの、たまに正体を現すのだという。彼は左耳を担当しているカタツムリに会いたいといって、そっちへ入ってしまった。以来、私の右耳は静かで軽い。
0922, 2018





twnovel:251
コインランドリー型のホテルへ行く。柩のようにコインランドリーが整然と並んでいる中を歩き、ひとつずつ見ていく。客は胎児を思わせる格好で回っているのだった。キーを使って割り振られたところを開け、自分もするりと入り込む。誰かがスイッチを押してくれるのを、待っている内に眠る。
0922, 2018





twnovel:250
涙が売られている。ちいさなアンプルに入っている涙は透明で、見るからにしっとりとしている。買って先をちぎり、人工的に作られた涙を目にさしていく。真新しい、誰のものでもない、外側から流されていく涙は、昔泣いたときの自前の涙より量が多かった。
0921, 2018





twnovel:249
最近、夢の量が多い。妻は小さじ一杯程度の夢で済んでいると言う。なぜ私は違ってしまったのか、浴槽いっぱいにあふれかえる夢を茫然と眺めながら、風呂場の床に座り込む。脳から夢が垂れていくのを、どうしようもできずそのままにしている。もうこりごりだ。また夜が来る。視界がぼやける。
9月 18, 2018





twnovel:248
拝啓、夏
お久しぶりです、冬です。そちらはどのようですか。我々はどうしても会えないので、お互いのことなど永遠にわかりませんが、あなたはさぞ世界を暑くしているのでしょうね。こちらはマイナス10度まで冷やす準備をして、待っております。
敬具、冬
8月 5, 2018





twnovel:247
#猫の日 が高次元の存在たちを敬う記念日とされて久しい。そう、つまり、猫は神なのだ。道をゆく猫の肉球の冷たさで今が冬だと知る。猫なしでは人類は生きられなくなってしまった。ここは猫の国、猫の星。彼らが伸びて寝ることで、人類に春を告げてくれるまで、あともう少し。
2月 2, 2018 #猫の日





twnovel:246
この時季、やることと言えば氷柱狩りだ。月光を浴びて育った氷柱を採ってくることが毎日の楽しみになる。祖母から習ったとおりに、いちばん肥ったやつを選んで、根元からぱっきり折り、雪汚れは水で洗い流す。今年も食べ甲斐のありそうなものが沢山採れた。明日の氷柱鍋が楽しみだ。
2月 1, 2018





twnovel:245
#222散歩 ぶきようだ。ばかみたいに信じる生き方しか目の前の彼は知らないらしく、裏切られて怪我だらけで泣きながらうずくまる、わたしよりもよほど猫じみたひと。わたしの指をさわって笑った。長くなってきたね。そんなふうに爪を切らなくても平気よ、わたしはあなたを傷つけない。ぶきようね。
2月 22, 2017





twnovel:244
浮き上がった背骨を飽きずになぞっている。昨晩僕と鍵を置いて出ていった彼女の遺失物、ブラウス一枚。ねこをなでるのがうまいひとは女の子の扱いもうまいのね、からかわれた言葉を思い出す。腕の中のこいつは何を考えて僕らの生活を見ていたのだろう、ああ、指に背骨がやさしい。 #水曜日の文学猫
2月 22, 2017





twnovel:243
恋人の頭を洗ってやるのが好きだった。彼女はある日、脳細胞ひとつひとつに花の種を植えたいと言い出し、病院に赴き頭蓋を開いた。発芽に伴う栄養の吸いとりにより絶命した彼女の頭の花畑に向かって、今日も僕はじょうろを傾ける。シャワーをしてあげた日々をなぞるように。
2月 17, 2017





twnovel:242
#twnvday 一週間前、懐かしい右腕が畑から生えているのを見つけたので取ってきた。次の日に左足が職場の駐車場に、その翌日には右足が玄関前に。胴体は四日前に郵送で届いた。左腕も拾ったけれど、頭がなければ完成しない。あとひとつ、欠片が埋まってくれないと、彼女が誰だか思い出せない。
2月 14, 2017





twnovel:241
ふと肩を掴んでみれば、相手の着物の蝶が一斉に飛び立った。群れをなして大空の彼方へ行ってしまう色とりどりの彼らを見送り、僕は青い後悔を指先に篭らせる。蝶たちを行かせてよかったのだろうか、――そこで相手が振り向いた。柄のなくなってしまった着物の相手は、笑顔だった。
12月 24, 2016