twnovel:240
吹雪く牡丹雪を夕食にしよう。いつもより二週間も早く天から降りてくるつめたさは、清浄な存在になるために必要に思えた。ガラスの盆へ盛られた雪の天辺に座って微笑むひとを幻視する。何かを聞きたくて言いたいのに、できず、ただもう山は崩せない。優しいひとになりたい。世界一。
11月 16, 2016





twnovel:239
ねがはくは花のもとにて、とはよく言ったものだと思う。古来この国では花といえば梅で、桜が尊ばれるようになったのは意外と後なのだが、歌人や時の人が次第に桜へと熱を上げていったのもよく解る。この花の色がこれでよかった。優しい夢見桜の下で、疲れた瞼をゆっくりと下ろしていく。
(「47のべる」企画参加作品) 吉野山・奈良
6月 28, 2016





twnovel:238
この辺りには、有毒瓦斯が出ると云う。しかしそれにしても多いだろう――麓で買ったそのかざぐるま、どこに置いてくつもりかい。其方の散らしたこの積み石が、瓦斯避けだけにあるのだと、其方は信じているのかい。おっと煙草は厳禁だ。一度来たなら帰さぬ山さ、恐れをなしてももう遅い。
(「47のべる」企画参加作品) 恐山・青森
6月 28, 2016





twnovel:237
会いたいひとに会いに、この場所へやってきた。ここを通ると必ずすれちがえるというふれこみなのだが、生憎相手は生き人じゃない。青く輝く苔を見つめながらひたすら歩いていくと、ふ、と、濃い霧が漂った。 ――ひさしぶり。そして、さよなら。 草木の立ち並ぶ山道、ここは熊野古道。
(「47のべる」企画参加作品)  熊野古道・三重、奈良、和歌山、大阪
6月 28, 2016





twnovel:236
「紫水晶、ゲット!」遅れて来た班員にそれを見せびらかす少年は夢中だ。「ここってこんなお店もあるんだね」「見どころ、松島しかないと思ってた」色めきたって水晶を買い始めた小学六年生の間に、数秒後戦慄が走る。「こら! 初日から買いこむと土産の分がなくなるぞ」……しまった。
(「47のべる」企画参加作品) 仙台駅付近・宮城
6月 28, 2016





twnovel:235
僕たちふたりきりになったね。列車で故郷に向かう道中、隣の彼が呟いた。そうだ、知人は音信不通ばかりで、ぼくらは天涯孤独、おまけに車両は貸切状態だ。答えあぐね、ふと車窓の向こうを見れば、そこは宇宙とみまごう満天の星空。自然に答えがくちをつく。どこまでも、一緒に行こうね。
(「#47のべる」企画参加) 銀河鉄道・岩手
6月 25, 2016





twnovel:234
人も歩けば温泉にあたる、そんな県に来た。疲れきった私は身一つで湯を渡り歩く。もう永住しよう、ヌシになろう、と思ったところで、先に湯にいたナニカと目があった。「お主にはまだ早い。おんせん県のヌシは当分わたしだよ」神様には逆らえない。明日は帰って、そして来週また来よう。
(「#47のべる」企画参加) 温泉町・大分
6月 25, 2016





twnovel:233
正気の沙汰じゃない。砂が爪先に滑りこむのを当然のことのようにおぼえつつ、沖へと歩を進めた。この世の景色じゃない。どうしてもう迎えにきちゃったんだよ、とぐずつきながら、エメラルドのさざなみへ浸る。琉球の国の、珊瑚の死骸でできた島から、僕を呼ぶ声がひびいた気がした。
(「#47のべる」企画参加) バラス島・沖縄
6月 25, 2016





twnovel:232
植物展に行ったのだが、係員によって捕まってしまった。なんでも、植物学者が展覧会に来ているらしく、僕を展示したいと言い出したらしい。「幹も葉もあるのにねえ。初めて見ました」 それ以来飾られ続ける僕の名札には、根なし草、と書かれたまま。そういえば花は咲くのだろうか。
6月 25, 2016





twnovel:231
海が固まってしまった。凍ったのではなく、まるでレストランの見本のように止まってしまったのだ。ひとびとは青い場所を行きかうようになり、便利にはなった。僕は買い取った海面の一部分を今日も見下ろす。波に飛び込んだまま、足元でずっと止まっているあのひとを忘れないために。
4月 2, 2016






twnovel:230
気分を害する言葉、が強く規制されるようになった。どの言葉に不快感を覚えるかは人それぞれ。みんな好き勝手に、自分だけの価値観で、今日も言葉を削っていくのだ。辞書のページは薄くなり、会話に使える言葉は限定されていく。世界から言葉がぜんぶ消えるまで、あと幾日もない。
3月 26, 2016





twnovel:229
「こどもの声はこどもにしかだせないから」そう言って母が声を抜き取ったのは僕が九歳の夏のこと。お蔭で声変わりするまで僕は唖者だった。瓶詰にされた僕の声は母の声楽教室の生徒に配られ手本にされたと聞く。きっと今も、誰かが僕のあの声を聴いている。僕さえ取り戻せない声を。
11月 23, 2015





twnovel:228
思えば昨夜のドラマの内容とか、道で見かけて印象に残った車とか、幼かった頃は簡単に言えたはずなんだ。心の距離はともかく、家にも学校にも人間はいたんだから。でも今日も、セールで買ったジャケットのサイズさえ誰にも打ち明けられないで、弱い僕は昔と同じく寂しいままで眠る。
11月 22, 2015





twnovel:227
どちらでも同じだと思うのだ。朝飲むのが紅茶か珈琲か、新しく買うのがコートかブーツか、その色が黒か白か、いずれ大差などないだろう。きみがほほえんでも怒ってもその涙をぼくが受け止めても何も変わらない、何をどう選ぼうと、この手は汚れたままなのだから。 #twnvday
11月 14, 2015





twnovel:226
冬をテーマに詩を書く宿題で「あったかい」と書いたら赤ペンをくらった。寒いのが当たり前だそうだ。でもさ、冬のほうが着込むしこたつもあるし、みんなと手をつなげるからあったかいのに。ぼやいていたら隣の子がうなずいてくれた。「分かる、冬が一番あったかいよな、心が」って。
11月 13, 2015





twnovel:225
誰にも本音を言わない人がいました。その人は皆の本音を咎めませんが、自分自身の本音は絶対に言わないのでした。次第にその人は、自分の本音の居場所や姿を忘れました。その人の孤独になった本音は、今でも誰かを待っているそうです。昔々、誰にも本音を言えない人がいましたとさ。
8月 18, 2015





twnovel:224
「これから死ぬって決めたから、さよなら言いに来た」一か月に一回、必ず彼は私のところに挨拶にくる。私は彼のしたいように自由に行動してほしいので、「そっか、さよなら」と返す。友人たちは彼が毎月本当に死んでいることを知らない。一か月前の彼と今の彼は、間違いなく別人だ。
8月 17, 2015





twnovel:223
一家にひとり「病人」をおくと幸せになれる、という言葉が大流行した。具体的にどんなメリットがあるのかは誰も知らないのに、人々は、我先にと家族を病院へ連れていき、無理やり「病人」にしてもらうようにし始めた。「病人」の病気は、家族の幸せのために、不治のままだ。
8月 17, 2015





twnovel:222
生きていく理由がないので、すぐにあっち側にひっぱられそうになる。体質ではなく心の話だ。こいつがいるから、あれをやりたいから、そんなふうに今までこっちにいた。だから呼ばれると、つい、行ってしまいそうになる。理由などなくても、生きたいから生きると、言えたらいいのに。
8月 15, 2015





twnovel:221
クラスの皆で色んな愚痴を言いあった日、『生活アンケート』がありました。先生に呼ばれた僕は、不満、と答えたのが僕だけと知らされ焦ります。「お前らが幸せじゃないと困るよ」皆は苦しむことが幸せなのでしょうか。だったら間違っているのは僕? 待って、先生、「僕も幸せです」
8月 12, 2015