twnovel:220
あれ食べたい、と息子が窓を指した。晴天に堂々たる佇まいを見せるは入道雲だ。子供会の祭りならば、あれにそっくりなわたあめが出るだろうけれど、まだ早い。考えあぐねる私をよそに、息子はカキ氷機を回しはじめた。なるほど。青色1号をたっぷり浴びて、皿の上に涼しい夏の雲ができあがる。
#書氷
7月 29, 2015





twnovel:219
言葉たちが血肉を伴うようになった。受信者を温めるよう命をうけた彼らは、受信者に否定され、解剖され、血しぶきをあげながら発信者のもとへと戻る。欠損し血みどろになった言葉たちを抱きしめ、発信者は嘆いた。我々はただ、本当のぬくもりを届けたかっただけなのに、と。
7月 24, 2015





twnovel:218
部屋が暗いので蛍光灯を換えた。このままではあまりに殺風景だ、壁紙は青空にしよう。涼しさが足りないと思い、水槽を用意する。観葉植物もたくさん並べて みた。水槽には熱帯魚を。寂しいので実家から犬を連れてきた。これでいい、新しくなった部屋で、私はようやく寝息を立てる。
7月 22, 2015





twnovel:217
周囲から浮いている、いつの時代にもそういう人がいるものだ。その状態では走っても空気を蹴るだけ。皆は悠々と先に行く。でも本当は、浮いているんじゃない。頭のてっぺんを触る。天上からおりた糸はこの体を吊ったまま。ぶらさげられた僕ら、地に足は、つけたくてもつけられない。
7月 12, 2015





twnovel:216
曇りが一番いいよね、彼女は毎年そう笑う。一年に一回しか会えないんだから、誰にもじゃまされたくないの、ふたりきりがいい、と。そうだね、と僕も返す。僕らに届いた願い事は全部、彼女から見えないよう手で潰し、足元の雲を踏み。 彼女が川を見ている。僕らの映る、星の水を。
7月 7, 2015





twnovel:215
泣いている人がいるのに、四肢を縛られ動けない。せめて声をと思えど口は塞がれていた。
ふ、と、話せたところでかける言葉さえこの心にはないことに気付く。――おまえはやさしいにんげんになれないよ。からっぽの頭蓋骨へ響く、甘ったるい声にされるがままで、また日付が変わる。
6月 30, 2015





twnovel:214
せめて上手に泣ける人になろうと彼女は僕にいつも言う。笑うのがへただと、旧友にも同僚にも家族にも指摘されるらしい。僕はせめて上手に死にたい。生まれてきたことを責められた記憶しかなかった。彼女が上手に泣けるようになったら、その手を引いて、僕は上手に死のうと思う。
6月 18, 2015





twnovel:213
恋人の最期の願いだったので、僕は彼女を縦横髙さ一センチほどにした。こまぎれは七十億の小人になり僕に言う。「世界の人の隣に行ってきます。さびしくなんてないんだって、言ってきます」走って散らばりいなくなる七十億の彼女。僕の隣にもひとりくらい、残ってほしかったのにな。
5月 23, 2015





twnovel:212
生まれてきたのは間違いだった、と隣に立つパパを見上げる。ぎゅうと手を握った、同じくらい強くパパに、笑ってほしいと、生きていてほしいと願った。でもパパと私は半端者。社会にも病院にも家庭にも居場所がない、それを私たちは知っているから、ただ、黙って黒い川を見ている。
5月 4, 2015





twnovel:211
最期ですから正直になろうと思います。あなたと出会わなければよかった、好きになるんじゃなかった、ひとりのままでよかった、こうなるなら一緒になるんじゃなかった。生まれてきたくなんてなかった、生きてきたくなかった、本当です。本当ですよ。……ごめん。
4月 15, 2015





twnovel:210
皆さん大好きテレショップ、今回ご紹介するのはこちら! あなたのお家に簡単設置、ミニ清水の舞台! 春の憂鬱もこれひとつで解消! 和の空気に癒されながら飛び降りることができます! 大丈夫、購入されて後悔された場合もこちらがお役に立ちますよ! 奮ってお電話下さいねー!
4月 8, 2015





twnovel:209
部室の扉を開けた途端ハート型のクッションが飛んできた。犯人である先輩の笑い声、クッションは僕の親友の腕に抱きとめられている。「毎日何なんです」「まあ受け取ってよ」怒る親友は気付かない。先輩が毎日ハート型やハート柄の何かを投げるのは、つまり、そういうことだって。
4月 6, 2015





twnovel:208
すべてを桜のせいにしてプロポーズをしてみた。高校の頃から十年交際してきた彼女がくれたのは見事な右ストレートで、そのまま去っていく後姿に己は溜息をつく。桜のせいにでもしないと結婚も切り出せない、ケンカもできない十年の腐れ縁は、今日でもうおしまいだ。
4月 5, 2015





twnovel:207
僕は勝手に期待していたんだ、僕が君に渡した花は、君からまた僕に渡されるものだと。道端で拾った形のきれいな桜のかけらを君に渡す。君が無言でそれを縒り机に置いたのを見て、僕はきっともう二度と君の家に来ないのだろうと、そんな未来だけをぼんやり思った。
4月 4, 2015





twnovel:206
嘘だと知って引き寄せた。僕たちはこれから30分の間だけ恋人同士。魔法は午後には解けるのだ。誰も傷付かなくて済む。嘘に紛れてでしか告白できない君と、嘘でもないと君に触れられない僕と。そうだ、一度ついた嘘は一年叶わないというね。その覚悟に乾杯、完敗……ばかばかしい。
(エイプリル・フール)
4月 1, 2015





twnovel:205
三月下旬から五月にかけて、日本各地で桜の呪いが発動します。国民の皆様はご注意ください。今年もこちらで呪い発動予報を致します。日本の人々が、くるったように笑い踊り歌う時季です。漫ろに泣く皆様も、罪を犯す皆様も、ご安心ください。すべて桜の呪いのせいです。
3月 31, 2015





twnovel:204
「もう懲り懲りだ! 僕らはもっと僕らを大事に扱ってくれる人のもとへいく。愚痴も必要だけど限度があるよ、使う本人や誰かを傷つける武器にはなりたくない」頭から言葉が去った。まさか反乱を起こされるとは。そうして翌日ついた己のあだ名は、『ボキャブラリー貧困脳』。
3月 30, 2015





twnovel:203
はあ、定時で退社し帰宅したのに奥様が目を合わせて下さらないと。家族サービスをサボってきたツケ? まさか。ご自身を責めないで。……ああ今連絡がきました。ご主人、貴方、帰宅途中に落とし物されたでしょう。自覚はないんですか。――貴方の命ですよ。
3月 26, 2015





twnovel:202
誰かと交際するたびに「こんな人だと思わなかった」と後悔したりされたりするのにうんざりした僕は、恋愛のクーリングオフを合法的に可能にするシステムと店を創った。色んな二人が来ては過ごした時間をなかったことにする。客の持ち込んだ「後悔」は、店内にどんどんたまっていく。
3月 25, 2015





twnovel:201
本当にほしいのはこんな子じゃないから、なかったことにして私はすぐに新しく産みなおすのだけれど、胎から出てくるのはいつもいつも同じ子なのだ。一番最初に「生まれたくなかった」と泣き叫んだ子なんて私もいらない。互いの願いは一致している筈なのに、叶わないまま。
3月 25, 2015