twnovel:180
分かれ道に出くわす度気紛れに棒を倒し道を決め、うたを詠み生きてきた。石段を登りだして数日後、天辺が見えないことに気付き踵を返し、数段下れど時既に遅し。相も変わらず続く先を見、一本道に棒を倒した。どうせ終らぬ道なら尚、この声もやませない。
3月 3, 2015





twnovel:179
あまりに耳が痛いので触れば指先が朱に染まる。膿んでは治り、また血を流すことを繰り返す、ひとつきりのピアスホールを思い薬を引っ張り出した。いつ開けたのやら、抜け落ちている記憶を埋めるように薬を纏ったピアスが小さな空洞をゆっくりと通っていくのをただ、感じている。
3月 2, 2015





twnovel:178
終焉の星から平行世界に来た僕を少年が指差す。「違う彼が来たみたいです」火山に倒れた懐かしい頭へ手が伸びる、その瞳が左右に離れ小刻みに震えだす。なんだ生きていた、と涙を流して笑った先に全て弾け飛ぶ、絶叫。「大切な人がいるならまだ終わらない。君は何人もいるのだから」
3月 2, 2015





twnovel:177
その電柱の前を通るたび、浮力の弱いせいでひっかかった風船が話しかけてくる。どうか針を刺しておくれ、空か地面のどちらかにいきたいのだ、と。けれど何度頼まれても何もしないのはそいつのためだ。針を刺しても空に昇るのは中身だけで、地面に残るのは残骸でしかないのだから。
3月 1, 2015





twnovel:176
枕の中身が消えた。それを連れて騷がしい家具屋に行けば世界中の枕がそうなったと追い出された。失われた蕎麦殻、パイプ、人工綿。中身について一人考える。 春になったら桜の花をいれてみようか。夏は貝殻を、秋は落ち葉を、そして冬は雪を。夢は季節の香りがするだろう、きっと。
2月 16, 2015





twnovel:175
しきりに呼ばれるので振り向けば、濃い赤の影を落とすクロユリを揺らして笑う者がいた。咲いたよ。クロユリがようやく咲いたよ。さも嬉しそうに告げられるのだが何のことやら記憶がない。茎を揺らしこちらを呼ぶのは誰だ。その声の、名前の部分だけが、白くけぶって聞き取れない。
2月 16, 2015





twnovel:174
どこかに落し物をしたのだが それが何だったのかわからない 花がゆれていて 空はただ遠く そこらじゅうに転がる時計の ルビーの短針とサファイアの長針は 左回りで時を刻む それだけを知るため 生まれてきたのかもしれないが 思い出せない 一体どこに何を落としたのだろう
2月 15, 2015





twnovel:173
指から音を立てこぼれおちるものを食べ、食べ、生きて泳ぐものが天にあるという。彼らを求め網を銛を釣竿を手に青年は走る。瞬く粒、そしてそれらを食べた彼らはどんな味だろう。その腹を捌けば輝きがあふれるのだろうか。泳ぐ瞳を捕まえ損ねた手が、金銀に閃く粒を掬う。
2月 14, 2015【第37回フリーワンライ】 #深夜の真剣文字書き60分一本勝負 お借りしたお題:魚と星空、さらさら





twnovel:172
どこかから、聞こえるような気がする声を、辿ってここにきた。女の子が大きな盥に両手を浸して呆然としている。洗わせて、と頼まれたので僕は盥に入った。揺れる虹色のみなも。何の水かと問えば「わたしのなみだ」と彼女は小さく笑った。遠く声がする、気がする。
(#twnvday参加のもの お題「かすかに」)
2月 14, 2015






twnovel:171
最近、心の荒むことばかりだ。大喧嘩をした挙句出て行った妻の部屋に入り、勝手に彼女のレコードを漁って蓄音機にかけた。音楽に罪はない、何かの慰めになる筈だと思ってかけたのに、ホーンから流れてくるのは、娘の誕生を泣いて喜ぶあの日の私と妻の声。ああ、私はどうしたらいい。
2月 11, 2015





twnovel:170
毎夜毎朝夢に悩まされる男は溜息をつく。悪夢を見ない、という謳い文句の薬を買ったが一向に効く気配がないせいである。突然声が響いた。「貴方が悪夢だと認識するからどんな夢も悪夢になる。僕達、悪夢じゃないよ」仲良くなれるだろうか。夢日記をつけることから始めてみよう。
2月 9, 2015





twnovel:169
御山の大将と井の中の蛙は、自分のいる場所以外知りませんでした。無知ということさえ知らなかった二人はある時、どんなに彼らが狭い価値観で生きてきたかを知ります。そしてまたあることにも気付いたのです。今まで篭っていた世界も、温かく魅力的な、帰る場所だということに。
2月 7, 2015





twnovel:168
難しいことは何もないんだと、懐かしい先生が書いた黒板を見て、両手で握り拳を作る。人影のまばらな陽の当たる教室、先立っていった友達。後ろを向くと父と母がいた。怖くないよ、待ってるよ、よく生きたねと、語る笑顔に泣き笑いを返す。大丈夫。さいごの授業参観日をありがとう。
2月 6, 2015





twnovel:167
ぼくがテレビに出るようになりました。シュートを決めるぼく、かっこいい。次の日はドラマでじけんのはんにんになったぼくをケーサツのぼくが調べていました。それなのにだれも気付いてくれません。テレビに映るのはみんなぼくなのに。「病院、いこう」ママ、ママにはどう見えるの。
2月 5, 2015





twnovel:166
愛称にすぎないが、その佇まいから女王と名高い級友がいる。つとこちらに伸ばされる整った爪。嫌味など寸分も含まれていないその白魚に、飴色の和毛がそよぐ。猫の毛を纏うなんて魅力的、とささやかに紅を引いた唇に言われ、愛称から連想される妖艶さとは無縁な笑みを見つめた。
2月 4, 2015





twnovel:165
大学を辞めると愛弟子が急に言い、私は慌てふためいた。院志望かつ能力があるから目をかけた、何しろここじゃ院志望者は貴重なのだ。噛みつく勢いで「このままここにいてもあんたの隣に立てないって分かりましたから」と去り際に言われ力が抜けた。なんだ、なんなんだ、わからん。
2月 4, 2015





twnovel:164
少年の家が詣でる神社では祭神が鬼であるからして節分の掛け声は『鬼は内』だ。幼稚園の後、少年は「ごちそうあるから」と生来の友を誘ったが、相手は結局来なかった。夜中に友を思いながら少年が「鬼は内」と呟いた途端、部屋に友の姿が現れる。「まもってきたの、ばれちゃったね」
2月 3, 2015





twnovel:163
隠れて独り教室の花に水をやっていた或る日「いつもありがと」と先生が笑った。先生だけは知っててくれたのだ。それから十年後、懐かしの如雨露を見て近く夫となる昔馴染みが言う。「新居で使おうよ、あの頃みたいに」驚く私と赤面する夫。なんだ、貴方も知っててくれたのね。
2月 3, 2015





twnovel:162
目を閉じる娘は思う。死ぬことと眠ることは同じだと、昔誰かに優しく言われた気がする。眠ってしまうとここにいる彼女は死んでしまい、違う場所の違う彼女が目覚めてしまうのだと。暗いのは怖くない。死ぬこと自体は憧れだ。けれど眠れないのは、変わることが怖いからだろうか。
2月 2, 2015





twnovel:161
両足が切断されるまぼろしをみる。それも刃物によってではなく、鋭く細い糸によってだ。骨を断つには至らず、両足の付け根付近できりきりと骨を舐め続けるまぼろしの糸に、今もまた苛まれている。
2月 2, 2015