twnovel:160
息がとまった途端に意識が浮上する。どうにも近頃うまく眠れない。睡眠が深くなった瞬間、呼吸をとめてしまってそこで目覚めてしまう。じんわりとした痛みの広がる喉仏のあたりをさすり、何時の間にか布団から伸びていた手を見止めた。己のこの手は、何を掴もうとしているのだろう。
2月 2, 2015





twnovel:159
ひとつめの奇跡を起こしたあと、ふたつめの奇跡を起こすのには一体何が要るのだろう。例えば僕が生まれたことが奇跡だとして、その奇跡を持続させるには別のものが必要になる。そして持続された「奇跡」は「当然」へと変わるのだ。次の奇跡は、僕の腕で作るしかないのかな。
2月 1, 2015





twnovel:158
海の底に花はないよ。そう少女に微笑まれ、青年はただ彼女の白い手を見る。病室と同化した肌。あと何日彼女に花を渡せる日が残されているのだろう。きっと自分たちの存在が許されるのはあの青の中だけだ、花はもういらない。だから彼は言う、願わくは、いつか海の中でと。
(一文「いつか海の中で」をお借りしました)
1月 31, 2015





twnovel:157
ある父親は彼の娘を抱き上げるたびに彼女のことを「我が家のお姫様」と呼んだ。姫君扱いされた幼い一人娘の喜ぶ声が響く。童話に出る美しい姫君のように、父に愛されていると彼女は信じてやまないのだ。その言葉が「無知で役立たずの娘」という意味を含んでいるなど露程も知らずに。
1月 31, 2015





twnovel:156
渡りし者が忽ち忘れてゐた記憶を取り戻す、其の橋は名を思ひ出橋と云ふ。私は朱塗りの勾欄に手を載せ靄立つた川を見下ろした。忘れてゐるといふことさへ忘れてゐるやうな思ひ出は果して私を見棄てゝはゐないだらうか、思ひ出にすら見限られては、この身が生きるに浮世は辛過ぎる。
1月 29, 2015





twnovel:155
物心ついた時から書かせている息子の願い事、初めは「ヒーロー」、次は「早く治りたい」、次に「早くしにたい」、次は「明日生きていればいい」。そして「世界から病気が消えますように」から「病気でも笑顔で生きたい」へと変わった願い事を手に、私は息子を抱き締める。
1月 29, 2015





twnovel:154
「おい笑うなよ頼むからさあ! 何で笑ってんだよ、おれもう厭なんだよ黙ってくれよ笑うなよお! 黙れ、黙れだまれだまれだまれだまれ」
「おやめなさい。もうその人しんでますよ」
「は」
「もしまだ笑って見えるなら……それはあなたの心がそう見せているってことでしょうね」
1月 25, 2015











twnovel:152
晴雨問わず傘を持ち歩く青年は、脇に通行人がいないと見るや、すぐにそれを開くのだ。傘が開いているときだけその下に現れ共に歩く人間のぶん、きっちりと青年は空間を開け歩く。一度も隣を見ないまま目的地に辿り着いた彼が、惜しげに傘を閉じると、隣の人間はすうっと傘に消えた。
1月 23, 2015












twnovel:150
毎朝のように耳元で地球が回っているのだが、止めるすべを知らぬのだ。とめてくれ、もうおしまいにしたい、と雫を零す地球に、すまない、無力さは罪だ、と謝れば「お前たちはいつも無力だ」と返される。赤い靴を履いた娘のような星と暮らす日々はいつ終わるのだろう。
(「毎朝のように耳元で地球が回っている」の書き出しをお借りしました)
1月 22, 2015





twnovel:149
昼でも星の動きを追えるように、明け方に店を開いているんだよ。ほらご覧、星があがる。 菫屋の由来? うん、妹がいてね、このサロンエプロンをくれた。菫は彼女の好きな花。魔法使いになるって言って飛び出していったきり、帰ってこない妹を、僕はここで、待ってる。
(#廃屋店主の診断メーカーさんの結果より)
1月 21, 2015





twnovel:148
僕はずっと従姉が苦手だった。歳の離れた彼女は面倒見がよかった。皆で温泉に行った時、従姉は深夜、寒い冬空の下で、誰もいない露天風呂に浸かっていて、そこから僕に笑いかけたのだ。腐った葉の浮く露天風呂。「おいでなさいよ」従姉が亡くなったのは、それから十年後のことだ。
1月 21, 2015





twnovel:147
ええ、私、捨てられた犬や猫を保護するボランティアやってるんですけど、ある日きれいなパンフレットが届きまして。イキイキしてる犬猫が野山にいる写真が載っていて、ふきだしに「捨ててくれて有難う」って……悪趣味ですよね。ライバル活動家かしら、酷い話ですよ本当に。
1月 21, 2015





twnovel:146
母親の留守中に棚を片付ける青年が、己の生まれた年の手帳を見つけつい開く。父から母への恋文を読んでしまい、愛に砂が吐けそうになった時。『長男さんが生まれる前に何があったか忘れたの』『浮気者はまめなもの。女の数だけ手帳がある』――何故今、それらの言葉が思い出される。
1月 20, 2015





twnovel:145
ココア、いいですね。「僕はお腹弱いからそういうの飲めなくて。好きなのに」お茶は平気、と俯く彼の隣で紅茶を飲めば、「明日はあれ選びませんか」と横から声が上がる。今日は売り切れたお茶。「朝一番に二本確保します。昼にここで」と僕は彼に笑った。
1月 20, 2015





twnovel:144
世界でたった一人のヒトである青年は、生きる本たちに育てられた。本たちは動くし話すし勿論読める。「でもやっぱ寂しい。僕も本になりたいよ」本同士が結婚したりするのを見た青年のぼやきに、ひとつの本が笑う。「やっと決心したのね」え、と驚く青年を、本がぱくり、呑み込んだ。
1月 19, 2015





twnovel:143
顔がない天使のために顔をあげた青年はその内嘆き返してほしいと言うようになりました。顔を貰った天使が笑います。「あなたがあげるって言ったんじゃない」青年は返してほしいと言い続けます。「あなたがあげるって言ったんじゃない」青年は返してほしいと言い続けます。「あなたが
1月 18, 2015





twnovel:142
揺れるバスの中で目が覚めた。何処まで来たのだろう。ふと数席前に妻と娘が座っているのに気付き、声をかけようと思った瞬間バスは止まった。山中の霊園をついていくと、やがて二人は我が家の墓の前で手を合わせる。娘が呟いた。「お父さん、さようなら」
――そうか、おれは。
1月 18, 2015





twnovel:141
海の向こうに行こう。彼は笑って私の手をとった。海から陸にあがってそして、何処にいても息が詰まると確認しあった私と彼は、陸から逃げて海を諦めその向こうへと視線を飛ばす。海の向こうに行こう。海水に溶ける髪を揺らめかせ、泡を零して笑う彼に、行けたらいいね、とそう返す。
1月 18, 2015