twnovel:060
水族館で初めて出会ったとき、君は特殊ガラスの内側にいたね。外側から君を見つけた僕に向かって、君は微笑んだ。ここから出して、そういわれたような気がして、僕はガラスを壊したけれど。懐かしい腐臭がする。水浸しになった水族館に膝をつく。君は本当に幸せになれたのだろうか。
12月 1, 2014
twnovel:059
ひとはみな心の中に海をもっていて、その色は各々違うのだという。誰も、自分の中にある海の色を知らず、他人の心の中にある海の色を知るすべも持たない。 僕は、きみの心に海があるというなら、そこに行って、色を確かめて、そうして泳ぎ、僕の心の海をひとしずく、混ぜたいと思う。
11月 1, 2014
twnovel:058
たった一本の矢を番えて誰かに向ける、その覚悟は誰しもが知っているのにひとつとして同じものはない。有りっ丈のちからで腕を引く。飛ばした瞬間に耳元で 唸る音は涙の散った音だ。矢の刺さった相手が何かを感じることはあれ、放ったこちらの痛みそのものが相手に届くことは、ない。
11月 1, 2014
twnovel:057
君と僕がゆっくりと、水に沈んでゆくのを見つめている。もがきもせず君と僕は水へと沈みゆく。繋いでいた手が離れても、君も僕も目を開けない。唇から気泡をあげて膝をゆっくり曲げ、たゆたいながら落ちてゆく。深海に消える迄ずっと、もうひとつの地球から、僕たちは見つめている。
11月 1, 2014
twnovel:056
きみがすべてを忘れたころに、ぼくはきみにまた会いにいく。きみが忘れたあの頃のぼくのまま、窓から手を差しのべて、あの頃のようにきみを呼び捨てる。だからきみ、そのときはどうか、ぼくの手を離さないで。ぼくを拒まないで、あの頃のように笑って、そうして次はぼくを救って。
11月 1, 2014
twnovel:055
あなたを間違いなく殺めることができるやいばが欲しかった。必要なものはわたしのほね。わたしは迷わず命を絶った。けれどわたしのほねがあなたを本当に、本当に間違いなく殺めることができたかどうか、この目で確認できなかったことだけが、心残りだ。
11月 1, 2014
twnovel:054
姉は、帰る場所を探しては自分の身を危険に晒すひとだった。昔、湯船に頭を沈めたあと彼女は「ここから帰れるかと思ったの。でも無理だった」と、力なく、 へら、と笑っていた。――無事に帰れたろうか。海からあがった姉の死体を見て、彼女の帰りたがっていたどこかに思いを馳せる。
11月 1, 2014
twnovel:053
僕が想いを寄せる人は、雨が降ると消えてしまう、ちょっと珍しい体質だ。雨の中、姿が見えないままの彼女に、ああ好きだなあという気持ちを隠したままで、なんでもない話をする。誰もいない雨の中、立っている僕ら。
11月 1, 2014
twnovel:052
きみが笑ったことに気づけるよう、この頬を改造しておくれ。きみが泣いたときに一緒に泣けるよう、この目玉を改造しておくれ。きみが死んだときにはっきりわかるよう、この体を改造しておくれ。そしてきみがまた生まれたとき、気づけるよう、この命に手をひたしておくれ。
11月 1, 2014
twnovel:051
義妹の腹を容赦なく蹴り飛ばした。彼女の三日月形の口からおもちゃのように色とりどりの軟カプセル剤が飛び出す。汚れのないそれらを見るに、カプセルは笑 い続ける義妹から生成されたもののようだ。神妙にカプセルを摘まみ上げ、開ける。植物が吹き出して花が咲く。世界がはじまる。
11月 1, 2014
twnovel:050
この体は騒がしい。ちょっとは消化しやすいものを食べろ、と胃が言う。腸が賛同する。寝てばかりいないで動かせ、と手足が言う。もっとやさしいものがみた い、目が言う。聞きたい声が聞こえないな、耳が言う。そして心臓が言う、早く休ませてくれと。黙ってそれを、きいている。
11月 1, 2014
twnovel:049
新たに星が誕生したというので様子を見に行ったのだが、時期が悪かった。如何せん誕生したばかりで生物や文明が見られずつまらない。「もう少ししたらまた来るか」而して再び様子を見に行ったとき、だが疾うにその星は滅びていた。思うより早く文明は発展し、衰退したらしい。
11月 1, 2014
twnovel:048
ぼくの大事にしまっている思い出というものはきみたちのいうものとは違うのだ。涙が出る。とがった宝石。うつくしいことは、さびしい、ぼくの思い出は例外なくうつくしく、だからこそ例外なくさびしいのだ。どうか思い出させないでおくれ。めがつぶれてしまう。
11月 1, 2014
twnovel:047
休日なのに何やら騒がしい。テレビもラジオも朝から同じニュースを流し続けている。インターネットも同じだ。新聞だけは昨日の事件についてを載せている。 外に出る必要がないので、喧騒を穏やかに聴く。今日で世界が終わるって? それでもいい、眠ったまま消えたい。瞼をおろす。
11月 1, 2014
twnovel:046
わたしには昔名前があったらしいのです。あのひとはそのわたしと長く一緒に生きてきたらしいのです。あのひとは薔薇のはなびらから雫を飲みほすときと同じ 顔で、わたしの昔の名を呼び、わたしの動かない肢体を撫でるのです。わたしは飽きたのです、あのひとは、今と未来を見ません。
11月 1, 2014
twnovel:045
とんでもない銃声で僕の体は壁に縫いとめられた。制御できないまま僕を構成するすべてが口から溢れ出る。傷口を塞げない、知られてしまう、知られてしま う。撃ってきた相手を揺らぐ視界に収めると、彼女は膝をつき頭を覆って叫んだ。貴方の私に対する想いのこの香り、色といったら!
11月 1, 2014
twnovel:044
酷く優しい彼は己の為、近所の病院から人工呼吸器一式をくすねてきた。機械に促され体が呼吸を始める。微笑んでくる彼を不思議に思う。何故人工呼吸をしな かったのだろう。何故己が呼吸をしていないと気づけたのだろう。「だってきみと同じだから」嗚呼、この星には酸素が足りない。
11月 1, 2014
twnovel:043
僕はあなたの王国に住んでいる。あなたの王国は太陽、空と大地、風と少しの雨、そしてあなたでできている。ここに辿り着けて本当によかった。僕はあなたの王国の外では、息が吸えない。
11月 1, 2014
twnovel:042
「一秒後には死んでいるかもしれない、という仮定を常に抱きながら生きているんだ」「じゃあ貴方の人生には無駄な時間なんてひとつもないのね」「そうかもしれないね。無駄と称されるものも含めて、すべてが僕にとっては有益で必要なものだから」
11月 1, 2014
twnovel:041
己の担当している作家は若いのに大層な頑固者であり強い信念を持っていた。今日も彼は言う。「後書きやら秘話やら、要らないだろう。表現したいものはすべ て出し惜しみせず作品に込めたさ」いいか、その美学には大いに同感だが、それを欲しがる奴もいるのがこの世の中なんだぜ。
11月 1, 2014
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