私の恋人は、私が言うのもおかしいけれど、とにかく頼りがいがある。困っている人を見ればすぐに飛んでいく。とてもありがちな話だけれど、子犬が捨てられていれば里親が見つかるまできちんと面倒を見るし、横断歩道で目の不自由な方が困っていたらすぐに声をかけるし、妊婦さんが重そうな荷物を持とうとしていたらすっとんで行くし、電車の中でもバスの中でも、必ず席を他人に譲る。
 そしてそんな自分を、ひけらかしたりはしない。自分のように行動しない人をけなしたりも絶対にしない。彼の世界には、そういった正義に反することはないのだ。人が好すぎるきらいもあるけれど、そういう部分にはこの際目を瞑ることにしよう。
 つまり彼は欠点を補って余りあるほどの道徳心と行動力と親切心に満ち溢れているのだ。
 そんな彼が、今人生で一番困っている私を放っておくはずがない。
 さっきからずっとメールを送っているのに返事が返ってこない。ちょっと、なんで私のこと放っておくのよ。私今すごく困ってるんだから。困ってたら必ず助けに行くって言ったのはあなたじゃないの。
 私は必死で目の前で血を流すそれを押しのけ、組み立て式の炬燵のテーブル部分も押しのけた。さっき私は火事場の馬鹿力とか何かそういうので、その人の頭を殴ったのだ。だってその人が話を聞かないから。私の話を聞かないで、勝手なことばかりして、服まで脱がせてくるから。
 ねえどうして電話に出ないのよ。おかしいわ、あなたらしくない。部屋の隅でもう一個電話が鳴っていて、私はそれを踏みつけて憤る。
 私あなたに強姦されかけたのよ。私あなたにひどいことをされたの。今すごく悲しくて困っているのよ。どうして助けに来てくれないの、私があなたを殺してしまったかもしれないっていうこんな大事なときに、あなたはどうして電話にでないの。
「スーパーヒーロー」  終  初出13年3月6日