あるところに羊飼いの少年がおりました。村の皆は快活な少年が大好きでした。少年も、素朴で欲のない村の人々を愛しておりました。
 けれど少年は、本当はとてもとても寂しがり屋だったのです。純朴な村人たちは、少年の寂しさに気づけていませんでした。少年もまた、本当のことを誰にも言えないままでいました。
 少年は定期的に嘘をつきます。本当は違うのに「狼が来たぞ」と叫びます。少年が大好きな純朴な村人たちは、毎回その言葉を信じて武器を持って集まります。彼らの中には、少年を信じないという選択肢などないのです。実際に狼が来なくても村人は怒ったりしませんでした。「やあ、来なくてよかったなあ」と朗らかに笑って少年の頭を撫でるのです。それが何度も繰り返されても、村人たちは何度だって信じました。少年のことが好きでしたから。
 しかし、撫でられながら内心、少年は、いつか村人たちが自分を疑うようになるのではないかと、いつもいつも恐れていました。本当は嫌われているのではないか? 今日も信じてもらい、挙げ句撫でてもらったけど、いつか皆に嫌われてしまうのではないか? 愛想を尽かされて、信じてもらえなくなるのではないか? こうやって疑うような心を持った自分は愛される資格などないのではないか? という具合に。
 だから今日も少年は嘘をつきます。信じてもらえているか実感したいがために。そして快活な少年の寂しさに気づけない純朴な村人たちは何度だって信じ続けます。何度だって彼の頭を撫でてあげるのでした。
「僕は皆に信じてもらえているんだ」
 漸く少年はそう思えるようになりかけていました。



 そんなある日のことです。森の近くを散歩していた少年が物音に振り返ると、離れた茂みの薄暗がりの中に恐ろしい灰色の毛並みと耳がありました。少年は心底驚き、恐怖で飛び上がり、急いで村へ走りました。
 あの色、毛並み、耳。狼に違いない! 狼が本当に来てしまうなんて!
 彼らは人間の匂いを辿ってすぐに村に来てしまうでしょう。村人は信じてくれるでしょうか、少年にとってはそれだけが心配でした。あの優しい人たちを守りたかったのです。村はどんどん近づいてきます。少年は息を大きく吸い込みました。
 大丈夫、あの優しい村人たちはきっと自分を信じてくれる、言う通りにしてくれる。
 少年は叫びます。「狼が来たぞ!皆、石造りの家に集まって隠れるんだ!」
 そうして自分も直ぐ様、家に飛び込みました。少年の家には石組みの小さな地下貯蔵庫があって、少年ひとりなら隠れることができるのです。村には石造りの家も数軒あります。有事の際は皆その家に避難するのです。だから大丈夫。
 大丈夫、きっと大丈夫……何度も唱える少年の頭上でがたがたと音がします。狼たちが村を荒らしているのでしょう。でもいくら村が壊れても平気です。そのあと皆で建て直せばよいのですから。



 どのくらい経ったでしょうか。暫くしてやっと少年は地下貯蔵庫の石戸を開けました。じっと狼の気配がもうないか探ります。ゆっくりと、ぼろぼろになった室内を通りすぎ、開きっぱなしの扉を抜けて外に出て、――呆然と立ち尽くしてしまいました。
 村は散々な有り様でした。家具や、食器や、木や藁でできたものが散乱しています。数軒ある石造りの家は無事でした。鶏の羽が狼の毛と混ざって散らばっています
 そして、村人たちの屍体も、そこかしこに無惨に倒れていました。
 屍となった村人たちの手には鍬や斧や鎌が握られていました。いつも少年が「狼が来たぞ」と叫んだあとに集合してくれる、勇敢な姿そのままでした。それでも狼の群れには敵わなかったのでしょう、いくら村を歩き回れど、息のあるものはいませんでした。
 少年の体はぶるぶる震え出しました。
 少年は村の真ん中で頭を抱えてしゃがみこみます。村人たちは今回も信じてくれたのです。勇敢に武器を手に集まってくれたのです。少年が「石の家に逃げろ」と言ったのに、皆は立ち向かってくれたのです。
 その結果がこれでした。羊たちも一匹残らず食い殺されています。そして村人たちも。寂しがりの少年一人が生き残りました。
 こんな筈ではなかったのです。こんなつもりはなかったのです。村人は最期まで少年を信じていたのでした。少年は村人に最期まで愛され――その結果がこの惨状でした。誰も望まぬ結末でした。



 それから、ひとりぼっちになった寂しがり屋の少年がどうなったのかは、誰も知りません。





あ い

おわり



----------
ついのべだかついぶんだかのタグでつらつら投稿してしまったもの。
2014-12-15