僕の神話:020
春が嫌いだ。首を絞めに来る桜。夏も嫌いだ。雨と海に溺れて太陽に焼かれる。秋だって嫌いだ。日に日に増す死臭に膝を折る。冬も、矢っ張り嫌いだ。真っ赤なものが降っては積もる、そんな牢獄。 これが僕の見ている世界だ。神さまの知らない、僕の生きる地球のすべて。
11月 9, 2014





僕の神話:019
ぼくには生まれつき左手の薬指がない。どこに落としてきてしまったんだろう、胎の中か、彼岸と此岸の境か。縋るように神さまを見つめると、彼はぼくの左手をぎゅっと握って切なく笑んだ。ああ、そうか。ぼくはその甘さで、ぼくの左薬指の居場所がわかってしまった。
9月 10, 2014





僕の神話:018
神さまはひょろりと背が高い。けれど会話に困らないのは優しく見下ろしてくれるからだ。胸板も厚いのかというとそんなことはなく、神さまには女性のようにすべらかな部分もある。どっちですかと訊くと、どちらでもありませんよと返ってきた。それは実に幸福なことだ。
9月 3, 2014





僕の神話:017
あなたを迎えに来ました。これからのすべて、つまり余生を共に過ごしませんか。人形の家のように小さな世界で神さまはそう口火を切った。学校と融合したような喫茶店、上の棚から本を落としてしまった僕は手を休めずそれらを元に戻しながら、その声だけを聞いている。
8月 28, 2014





僕の神話:016
ぼくときみ声失くしてもきみだけはきみのまんまで輝いている
8月 22, 2014





僕の神話:015
ぼくの髪を使って、小さなストリングラフィを作るのが神さまの夢だという。彼は碌に楽器を演奏できないのだが(カスタネットすら怪しい)、それだけはやってみたいとうっとりと言うのだ。けれど彼はぼくの髪がどんなに伸びても、切りに来てはくれなかった。
8月 16, 2014





僕の神話:014
ねえ、誰かがぼくらを見ているよ。ねえ神さま、気づいてないの。 誰かがぼくらを見つめている。 まるで映画を観るように、まるで小説を読むように。
8月 16, 2014





僕の神話:013
宇宙儀をお手玉する神さまを眺め、いかにもな姿に嘆息する。その小さな宇宙儀はぼくがプラネタリウムで買ってきたラピスラズリのストラップなのだ。文字通り、すべてを手にした気分の神さま、機嫌は上々そうで何よりである。ばかばかしい。
8月 15, 2014





僕の神話:012
神さまはこのラジオ番組が好きだった。ぼくはすっかり周波数を覚えてしまって、神さまがぼくのもとから去っていっても、その番組が終了しても、ラジオが壊れてしまっても、ぼくは毎週夜八時にそれを出してきてチャンネルを合わせる。あの頃の、ぼくらの声を聞くために。
8月 14, 2014






僕の神話:011
神さまはぼくにやわい手をさしのべた。薄くて、しろべったい、そう、しろべったいてのひら。ぼくは握ればいいのにただそれを亡羊と眺めている。透明になりかける、桜の花のはらりと乗る手。ぼくを夢の海から、すくいだす、手。
8月 14, 2014





僕の神話:010
ぼくの正しいあつかいかた ぼくの愛し方 ただしいあいしかた たったひとり、それを知っていて実行したひとがいる ぼくを愛したままひとりきり残していったひとがいる あのひと以外にぼくをただしくあいせるひとなどいないのだ。





僕の神話:009
こんにちは、さよならと。 紡ぐ唇はそのままに彼がお辞儀をする。 少女はただ立ち止まっている。彼女の時計は止まっている。 そんな彼らを、ぼくはただ見つめている。
8月 9, 2014





僕の神話:008
ねえ何が罪で何が罰かきみはわかるかい
8月 9, 2014





僕の神話:007
硝子を取り払ったむこうで境界線がとけあう。瞳から朝露を飛ばし乍らぼくはきみに口付ける。きみはぼくの雫を浴びて腕を伸ばしぼくを覆い囲むように抱きすくめる。掻きいだかれる。ぼくの花。ぼくのだった、花。花のだった、ぼく。幸せの音がする。遠く近く音がする。
8月 9, 2014





僕の神話:006
銀の田圃のくさはらを、神さまが横切っていく。波打つ濃緑に尚映える白だった。あなたは海のいきものだからと、神さまはわらう。緑より白より淡い影は輪郭ばかりが濃く、僕ひとり分が伸びていた、昼下がりのことだった。
7月 2, 2014





僕の神話:005
神さまの時間を止めたいと頼みに行ったところ、時計屋は「代償が要る」と返してきた。代償は僕ら次第で変わるのだそうだ。そして僕は心の中で僕自身を殴り続けることになった。僕は僕を死なない程度に殴り続けるので、神さまは消えない。そういう寸法らしい。
7月 2, 2014





僕の神話:004
神さまが硝子を降らせている くだけた硝子が僕の上に降る 僕は目を閉じ大口を開けて空を仰ぐ 硝子を飲み込むために生まれてきたのだ。
6月 30, 2014





僕の神話:003
僕は透明な枝垂桜。どうか僕を忘れてください。僕が××回あなたに愛を唱え終える頃には、きっとあなたは僕に飽いている。ですからそんなに悲しまないでください。こっちを見つめないでください。僕は透明な枝垂桜なのです。
6月 28, 2014





僕の神話:002
この世のすべてを知った顔で 僕の中で微笑まないで
6月 28, 2014





僕の神話:001
僕の左手は神さまが持っていってしまってね、今でも繋いでくれているんだよ、薬指を弄んで。そしてこの右手は水に沈んだ彼が愛する少女に捧げてしまった。だから僕は両手ともふさがっていて、そんな物欲しそうな顔をされてもね、困るのだ。貴方と手は繋げない。
6月 28, 2014