わるいおうち





 近所にわるいおうちがある。その家にはフェンスがあって、フェンスは僕が三人、いや五人いても届かないくらいに高く、そして長い。正しく檻だった。ここは田舎で、鬱蒼と木々の茂った暗がりがたくさんある。フェンスのある家を見つけたのは偶然だった。下校中に寄り道をしたときのことだった。フェンスのある家は木々に隠れるように建っていて、枝葉が広いフェンスの上部をしっかりと覆っていた。ふつう、子供会とか、地域の行事で近所の人とは知り合いになるものだが、こんな家があることは知らなかった。いつからあるのかもわからない。このあたりには友人の家もないのでふだんは来ない。フェンスの中に影が見えて、慌てて挨拶をする。返事はなかった。フェンスの中で動いたのは、長い羽のある、青緑色をした一羽の孔雀の雄だった。
 孔雀を飼うことがどんなことなのか僕は知らない。その家に気づいた次の日、学校で鳥の図鑑を借りて読んだが、そこには飼育法は載っていなかった。インコやオウムや文鳥だったらよく聞くが、孔雀は聞いたことがない。家族に教えてもらおうとして、そして、やめる。インターネットで調べるのもやめた。親が管理しているから、孔雀のことを検索すると気づかれてしまう。孔雀を飼うことはたぶんいけないことだと思った。僕が誰かに孔雀の飼育法を訊くと、その誰かはきっとあの家にたどりつき、住人を通報する。わるいおうちだからだ。住人は逮捕される。こんな辺鄙な山奥にパトカーの音が鳴り響き、孔雀はつれていかれる。どこへ? どこかへ。ここではないどこかへ。
 僕はわるいおうちのことを誰にも言わなかった。
 あそびに行こうよ、友達がそう言う。僕たちは連れだって河原に行く。公園に行く。商店街にくじをひきにいく。でも、僕の家の近所には行かないのだ。僕の家にも招待しなくなった。ひとりのときでも帰宅の遅い僕を、家族は随分と心配してくれたが、僕は何も説明しなかった。わるいおうちは変わらずにあり続けた。会いに行くたび孔雀はそこにいて、上尾筒を開いてゆすり、鈴のような音を森の中に響かせていた。
 孔雀は猫のように鳴いた。挨拶を返してはくれなかったが、その鳴き声が挨拶の代わりなのかもしれなかった。僕はずっと孔雀を見ていた。模様が僕を見ているようだったから、動かずにじっと見つめ返した。そのうち、家の扉が開いて中から誰か出てきた。わるいおうちのわるいひとだ、と思い、急いでそちらを向いてお辞儀をしたが、出てきた人間は僕に気づかなかった。孔雀の飼い主はとりたてて派手ではなく、かといって地味でもなかった。Tシャツとジーンズ姿のふつうの青年だった。青年の手からパン屑が放物線を描いて散っていく。足下の籠には果物が入っている。孔雀は嬉しそうにパン屑をついばんでいた。
 僕は来春、小学校を卒業する。孔雀を飼うことに免許もなにもいらないのだと僕はもう知っているが、今でもあの家のことは誰にも言っていない。孔雀のいるあの家は、まだ、同じところにある。  






19/11/30~12/01 #ペーパーウェル03
「翼・羽のある生き物」
不可村 天晴 @nowhere_7