祝呪





 結ばれたとき、わたしたちは異常気象に見舞われた。
 彼の生まれ育ったところは北国だ。わたしはそこに住んだことはおろか旅行に行ったことすらないのだが、彼と恋人同士になってからというもの彼からいつもその土地の様子を教わるので、知識だけはついた。知識はピントのずれた写真のようにやわらかく、彼の話に呼応して息づいていた。
 わたしはというとこれが生粋の南国生まれである。ふるさとは年がら年中ひざしが強いので、わたしの体毛は金を刷いたように焼けている。ふるさとでは朱や黄の派手な花がいつも咲きほこり、影はほとんど直下にできていた。
 そんな出自のものだから、結ばれた日の異常気象を、わたしたちはさもありなんという顔で見ていた。

***

 わたしたちのあいだにはつねにここちよい風が吹いていた。わたしは彼の厳しさで身を引きしめ、彼はわたしの熱に浮かされてくれた。わたしたちは語りあう。日がな一日語りあう。なにせ両極端な場所の出身なものだから、ふるさとのことをいくら話してもお互い話し足りないのだ。
 彼のふるさとでは、家の扉は何重にもなっている。風が入らないようにするためだ。どんな季節でも火を絶やしてはならないほど寒い。赤ん坊を外で寝かせておくこともない。ひどい日はぶあつい雪があたり一面を覆いつくし、家を埋めてしまう。隣の家に行くのにも一苦労だ。白い牢獄ができる、と、まっすぐな黒髪を揺らして彼は言うのだった。
 わたしは暖かい南国にいたので、雪というものはよくわからなかった。大雨が降って家が壊れたりすることはある。ただ、雨の恵みもよく感じた。草花がすぐに生い茂る。ちょっと歩けば果物がいつでも手に入る。家は通気性をよくする工夫を込めて作られ、外と家であまり違いを感じないほどだ。
 ふたりの生活にはいつも日が差していた。寒さも暑さもわたしたちは分けあった。

***

 わたしたちはお互いの持つ違いというものを愛していたが、しかし数年もすると、その違いのせいで次第に意見が合わなくなってきた。
 別れの日、わたしたちはひどい喧嘩をした。
 わたしは彼のもつものがうらやましかった。彼もまた、わたしのもつものを、絶対に手に入れられないものをほしがっていた。
 その日からわたしの周囲はすさまじい悪天候に見舞われた。ふるさとに帰ってきたというのに、唇は凍えて震え、指先は血の色を失った。熱を求めて窓を開け、目を疑う。家は白く冷たいもので埋まっていた。
 呼気が綿のようになり、睫毛も冷たく固まる。屋根からは牙か角のような透明なものが下がり、上空には灰色の雲がどんより垂れ込めている。蝶は落ち、花はしなびて、人間たちは怯えきった顔で衣服をかきあつめ、家にこもって火を焚き出す。
 わたしは泣き伏した。わたしは彼の姿を思い描き、それに必死で念を送る。くせのない黒髪の、やや面長で痩身の彼の姿を。
 それからの彼の様子を、わたしは風の便りで聞いた。
 彼の戻った北国もひどいありさまだという。日照りが続き、川や湖がすっかり干上がってしまったらしい。動物たちは体内時計を壊して森をさまよい、その森も熱に耐えきれず枯れる。畑には虫が大量発生した。暑さに慣れていない人間たちの皮膚は、あっという間に焼けた。
 この天候の原因がわたしにあると気づいたものたちがやってきて、口々にわたしを責める。なぐさめる。こんなことに巻き込まないで、もとの南の国を返してほしい、と、わたしに懇願してくる。どうかよりを戻してくれないか。
 それはむりだとわたしは叫ぶ。彼をゆるせない。彼もわたしをゆるしてはくれないだろう。

***

 恋情が持続しないように、怒りや恨みもまた同じようには続かない。天候は次第に落ち着き、ふるさとは南国らしさを取り戻した。人々はだんだんとそれに慣れ、わたしをどうこうしようとしなくなった。それは北国でも同じようだった。
 寒くなるたび、わたしは彼を思い出す。彼もわたしを思い出しているのがわかる。そして季節はめぐる。北国に夏が、南国に冬がやってくる。






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