光る首輪を買う。121日目。首輪は輪投げをして遊んでもいいもので、とても丈夫なのだった。意外とどんな服装にも合う。それを身につけて買い物に出かける。いつものスーパーでは首輪みたいなドーナツが売っていた。ドーナツも光るのかもしれないと思ってスイッチを探したが、どこにもない。



カクテルのためのパーティーに誘われたので遊びにいく。出席者はカクテルグラスで、それぞれにつがれてある酒を互いにまぜあって、個性をなくしていくルールだった。すべてのグラスの中身が同じになったところでお開きになる。帰り道で酔っ払ったグラスが割れているのを見かける。122日目。



床の底が抜けて下の部屋に落ちる。123日目。謝罪しに行った先の、下の部屋の住人はとても親切だった。ふたりで寝転んで開いた穴を見上げる。生きる希望がわくようだと下の部屋の住人は言う。去り際、お詫びに渡した菓子折りのなかからいくつか持っていくように言われる。素直に取って帰る。



世界が火事で滅びる。124日目。火の手は物語のなかにまで及び、誰もが逃げ出した。実際に行ったことはない見慣れた町並みが炎にのまれてゆく。横を走る誰かに、やっぱり戻りませんか、と訊ねてみると、何を言ってるんですか、命が消えているんですよ、と返される。もう帰る場所がない。



柵にたどりついたので元来た道を引き返す。柵のなかは狭く、これといって特筆するべきものもない。強いて挙げるのならいくつか石が落ちている。傾いた遊具と庭がある。遊具は錆びており、庭には雑草が生い茂り、荒れ放題だった。あっというまに反対側の柵につく。また繰り返す。125日目。



親切な人が青い風をくれた。126日目。風なのでそのあたりを吹いている。それしかしない。ゆめ、ゆうひ、と呟くと寄ってくる。足の産毛に空気の流れを感じるとき、風がそこにいることを強く感じて、そのときが一番さみしい。



127日目。久しぶりに学校に行くと屋上が燃えていた。猫の額ほどの狭い屋上に散らかったがらくたは、どれもうす青く光っている。中央付近、折り重なった瓦礫のなかにぽつんとトイレがあった。誰も座っていないことを確認して飛び降りる。安全な場所から見る学校は巨大なマッチ棒か松明のようだった。



耐熱ガラスのコーヒーサーバーに放り込まれる。128日目。誰にやられたのか思い出せないが、とにもかくにも脱出が先決だと思い、方法を考える。ふとあたりを見渡すと、本来なら量が刻まれるべき部分に「復讐するか否か」と細かい文字で書いてあった。触れても指紋が残らないほどガラスは艷やかだ。



129日目。昼、手帳を拾う。ざらつく表紙の質感を楽しみつつ交番へ届けに向かうと、たくさんの手帳がパーティーの準備をしているところだった。炭火が燃え、金網が熱される。その上に寝転ぶ手帳たちを夜まで見守る。表と裏をひっくり返す手伝いをすると、拾った手帳から感謝状を渡された。歩いて帰宅。



130日目。夜から朝に切り替わる隙間にどこにもない世界があると聞き、手を伸ばして接目をさぐる。夜からはぱちぱち辛いにおいがして、朝になると急に甘くなるが、その境のことはわからない。失踪するならその先がいいと考えて予定を立てる。手が疲れて上がらない。



131日目。たくさんのばけものが生み出されている。そのなかでもにんげんに興味を持つものと、持たないものとがいるのが興味深かった。文字通り大きな個体を止めるのは骨が折れる。アイスコーヒーを自販機で買ったらあたりが出て、振って飲むゼリーだった。



ベランダに釘が生えてきたので午前中を丸々使って引っこ抜く。132日目。一晩寝かせておいていい具合に発酵したところをどうしようか考えるうちに時間がすぎる。夕方に散歩中、釘を欲しがっている人を見かける。家の釘を持っていってみたが、発酵したものはいらないと首を横に振られる。



他人の家で留守番中、自分宛てに絵本が届いたので開けて暇をつぶすことにする。死んで動かなくなった人間の骨の隙間にネズミが入り込み、もとのように動かすという話だった。昼食に焼きそば。帰り道にすれ違った旧友の影が双頭だったが、指摘しない。干していた布団を取り込んで眠る。寒い。133日目。



幼馴染から誘いが来たので家まで行く。最近、鳥を飼い始めたのだという。ほとんどを階段が占める三階建ての屋敷をのぼっていくと、水で満たされた籠があった。飼育を勧められたが、断る。踊り場にあったグランドピアノの鍵盤の隙間からディスクを抜き取って遊ぶ。階下に見える雪が分厚い。134日目。



爪を磨いてみたところ、絵画が飛び出てきたので展覧会を開くことにする。135日目。客がぜんぜん来ないために気の緩んだ展示物の雑談に花が咲く。花は木香薔薇によく似ていたが、顔を寄せると空き瓶のにおいがする。いくらか剪定して記念にとっておく。寝る前に爪を再び磨くが、もう何も出ない。



テストを出される。よく読むと自分についての穴埋め問題なのだが、ひとつも答えることができない。懐かしさを感じさせる誰かが遠くでそのひとの人生について朗読している様子をこっそり録画する。気づかれている、ことはわかっているが、やめない。自分に何が起きたのか、思い出せない。136日目。



森で見つけた円盤を原っぱでひとり、鳴らす。爪で擦れて出た音が重なり、大きく広がるにつれ、全身に罅が入り、細胞は融解し、もとの姿を思い出して芽吹き、天へとみるみる伸び上がって成長するのを感じる。嬉しいと悲しいが混ざって発光し、罅からは光や影が迸る。意識だけ、残される。137日目。



友であった木を弔うための穴を掘っていた。額をぬぐい、そばで蹲っていたはずのもうひとりの友に視線を向けると、かれはいつしか岩になっている。穴に目を戻せば横たわるのは空洞だけだった。空洞と、物言わぬ岩とを残し、やがて自分は旅立った。いったいどこへ行ったのかは、わからない。138日目。



燃え盛る天の車が落ちてくる、毒矢とともに落ちてくる、踊りくるう鳥たちの祝福のすきまにわくのはすさまじい輝きと腐臭を放つ苔と藻で、叫ぶ間もなく夢を覆う、空気の止める甲斐なく岩肌にあわれ激突した天の車の扉がちからなくぱたりと開いて暗がりから吐き出されたのは花だった。139日目。



いつからか手の甲にいる輝く赤い星が肉をほしがったので、見繕う、140日目。高低くさぐさの木々に鈴なりに実る肉はお気に召さないようだった。やがて山のなかで、動く肉を見つける。星はたいそう喜んで手の甲から飛び立った。逃げかけた肉が転んでもがく。見届けず、帰って夜を鍋で煮て食べて寝る。



141日目。ない指で、ない風をずっと編んでいる。ない指は、何しろ「ない」のだから見えないし触れない。何もわからない指だが、ない風を編むことだけはできる。存在しない器官で存在しないものを触る感覚に衒いなく脳が喜び、体の中で内臓を使っておはじきをしている。風たちの歌が忍び込んでくる。



冬囲いをされた木に近づく。142日目。生まれて初めて経験する寒さに怯える木のそばに腰を下ろし、酒を分け合う。話すうちに酔いが回ったので正気を保つために肋骨の隙間からパイプを差し込み、余計なアルコール分をすべて吸い出す。世界が鳴動するのを感じつつ、木に寄り添って外で寝る。



立ち寄った池の畔、夢が夢を叱っているので理由を訊ねる。いつかこの世の夢たちは万遍なくひとつにならなければいけないのに、叱られているほうはというと他の夢たちからあまりにもかけ離れてしまったらしい。かけ離れても居場所はあると言うと、叱られていた夢は喜んでたちまち飛び去った。143日目。



144日目。海の膜がゆっくりとめくれあがって唇を舐めてくる。正午、空はうすべにいろ。聖人の名をもつ魚が波の隙から顔を出し歌っている。夕方まで同じ姿勢でいる。境をうしないたいという願いに含まれる、無責任さと情熱の比率がわからない。頬についた膜をはがして起き上がる。夜更けは白んでいる。



顔の燃える子どもたちがかけてゆく、いわく星を覗いたために、星の火が目に移ったのだという。炎から涙を落としながら地平へ消えゆくかれらを見送る。痛みも喜びもさして違いはない。星はそう囁いて子どもたちを連れてゆく。埋み火のように月が光っている、覗くまいと瞑目して夜を歩く。145日目。



昼、読み終えた本たちをかかえてどしどし図書館へ戻ると、サーカスに繋がっていた。天鵞絨の天蓋に穴が開いてさながらプラネタリウムだ。146日目。食事ができない。食べ物はこの身を生かすエネルギーというより、気持ちなのだ。誰かと同じものを食べて似たように浮かれその人になったと錯覚する。雨。



意識のないアカンサスを抱きしめる、147日目。仕事中、城塞の竈に放置されている鍋を覗き込むと、中ではパンドラの箱さながらに罪や悲しみが煮こごりをつくっていた。はらはらアカンサスを千切っては投げ入れ、葉で蓋をしてしまう。そのまま常夜鍋にする。明日はおそらく、遠くまで飛ばねばならない。



つるつると心臓から糸を出しては巻いている。148日目。切られるような心地よさに眠りそうになる。糸はてぐすのように透明だった。そのうち心臓がほどけて、中から小さな誰かが恥ずかしそうに顔をのぞかせる。外に出て、その誰かにぱちぱち鳴る氷を見せる。風通しがよくなったせいか胸の奥が寒い。



149日目。小川言語は夢よりは甘く、しかし、砂糖の代わりにならないのでてんで人気がない。贈り物にまぜてもたちどころに逃げてしまう。小川言語を解する条件は、小川とともに幼き頃をすごしたものだけと決まっている。小川に泳ぐもの、それは星の血である。それをたっぷり桶に張って洗顔に使う。朝。



ぬくもりの残る椅子、しかしうっすら汚れている理由をまったく思い出すことができないまま150日目。背もたれの革をつつくと思いの外やわらかい。記憶はきっとこの椅子に座っていた相手そのものに違いがない。俄雨が降る。奪われそうになった体温をかき集めて袋に入れる。通り過ぎる魚たちの合唱。