ポストから木苺やブルーベリーがあふれて止まらないので、山のように両手で掬って頬張る。寒い。寒さは本当は酸味と親戚なので、そのうち手の中のくだものになる。通りすがりの人の視線を感じたが声をかけられることはなかった。そろそろ満腹になるが、まだポストの底は見えない。91日目。



雪が降っている。92日目。雪が降ると空は、がんぜないこどものようにうっすらと興奮して眠らない。ガス灯の下に誰かが立っている。空と雪は地上の音を吸い込んでだからこそやかましい。影を吸うように、もしくは影に吸われるようにガス灯の下へ行く。身をふるわせて喜ぶ雪の声が聞こえる。



リードオルガンを見つける。93日目。ペダルを踏み込むと、う、という呼吸のあとに和音があたりに散らばる。肌の内側と外側のすべての濃度が等しくなる。音が変わると光と色も変わる。はてには何もなくなる。夕方、オルガンの隣でパンを食べる。何もない世界はまだ続いている。視界が青い。



海に行く。94日目。何かをかけちがえてできたような青を数え、両手の指を使い果たしたところで少し離れたところに見知らぬ家族がいることに気づく。バスケットいっぱいにゆでたまごが入っている。小さなこどもがおもちゃのようにたまごをぱくぱくと食べているのをしばらく見る。



鉢植えを買ってくる。95日目。鉢植えは歯科医院で売られていたもので、ひとつ500円ほどだった。買ったときにつけられた説明書によると、つまりまっすぐ生えるまじないとして歯を投げたりすることがあるが、これを育てることで似たような効果が期待できるという。毎日水をやることに決める。



96日目。ストリートオルガンの公演のポスターを見かけたので、探しにいく。白い布をかぶった者たちがハンドルを回し駅を歩いていた。パステルカラーのオルガン内部から気の抜けた曲が流れ、肌艶と血色のいいからくり人形がぎこちなく踊る。オルガンの内部には入れてもらえなかった。夜。



制御できないものに自分が変容することを恐れている。97日目。ちいさなボートの上、波はなく、ボートはわずかに揺れているだけだ。水は濁ってはいるが美しい水色をしている。いくら見渡しても果てが見えない。旅立つのなら一人がいい、叶えさせてくれないなにかについて考えている。



暗闇にてんてんと赤い光が浮いている。98日目。瞳のようで一瞬緊張するが、変化もなくあたりは静かであたたかいので、そのうち警戒心が薄れて眠くなる。赤い光はみっつ、よっつ。またたいてはいない。手元に何かが触れる、かたくつめたい。薄れる意識のなか何かが倒れたような音が響いた。



森で貝を集める。99日目。貝は小さくパンくずのようで、木漏れ日を集めてきらきらと輝く。しばらくして泉に出たので、底を覗きこむと巨大な貝が沈んでいた。森のなかにいると歌が聞こえてくるが、その歌声の主がどの方向にいるかはわからない。服を脱いで泉に飛び込む。歌声が大きくなる。



階段をのぼりきった果てに白亜の扉がそびえる。100日目。扉はあまりに巨大で天をつくほど、ところどころから植物がのびて花を咲かせているのが見える。ゆっくりと光が差し、風が花を揺らす。振り返ると階段は長く長くここまで続いていた。扉が開くのをじっと待つ。 花が夕空に溶けている。



小さい蓮のような葉をもつ植物が庭に並んで風に揺れている。101日目。昼。空は青く澄んでいる。仰ぐことはできない。なにもかも発光してけぶっている。家の中へ入ろうと玄関を向くが、段ボール箱が山のように積み上げられており、中に入ることはできそうにない。誰かの足が視界を横切る。



布団から出たがまだ布団がふくらんでいる。102日目。何かがいると思ってめくると、鈴がいくつか落ちているだけで、誰もいない。鈴を拾い上げる。音がなる。鈴はにぶく輝いており、大小さまざまだった。いちばん小さな鈴の内部に目玉が見える。何度も視線を合わせようとしたが、逸らされる。



片足だけで街を歩く。103日目。途中で派手に着飾った南国の鳥たちが道の両脇にずらりと並び、道にアーチを作っていた。卒業式のあとのパーティーみたいだと思いながらくぐる。最後に立っていた鳥に商品券を渡された。近所のスーパーのものだったが寄らずに帰宅し、足が疲れたので早く寝る。



花が降ってくるので、枕元にあった貝殻で受けようとそれを持って外へ出る。104日目。できのいいハンカチの裾のような花だった。色はうすべにいろ。どこかで見た気がするが、名前は思い出せない。たくさん集まったところで満足して家に帰って布団に敷く。そこで寝転がって夜まで仕事をする。



刻んでおいたパセリを鍋にいれて煮込んだ。105日目。トマト缶の中身と肉を煮込むと夏の鍋だ。味の加減が難しい。午後三時、手紙が届く。とても大きい旧友がとうとう建物として働くことになったらしく、見学の招待状が入っていた。額縁に入れて飾る。夜、できた夏を食べる。まだ酸味が強い。



薄緑の馬を旧友から預かる。106日目。名はペパーミント、わけあって面倒を見きれなくなり、旧友は遠くへ旅立った。その夜にペパーミントとふたり干し草の上で横になって、ペパーミントが旧友を愛していたことを知る。ペパーミントの背の白い模様はちょうど紅茶にいれる角砂糖のようだった。




星を五つ買うと六つ目が無料になるというので購入の申し込みをする。107日目。小ぶりの星がよかったが、手頃なものは既に売却済みだった。六つ目に選んだ大きな星に行くと椅子が落ちている。その椅子に座ってランチ。日が傾いて、椅子の影が他に何もない星に伸びる。夜までそこにいる。



小さな滝の裏側で過ごす。108日目。水のカーテンを通して人々の行き交うのがわかるが、向こうからはこちらは見えないらしい。誰にも話しかけられない。そこでしばらく持ち込んだ本を読む。滝から顔を出して空を確認すると、水煙がもうもうと立っているのが見えた。帰り道、シールを拾う。



炎が踊っている。炎は炎のための舞踏の試験があり、それにクリアしない限りは炎として一人前になれないのだという。109日目。生まれつき踊ることが下手だったり、きらいだったりする炎もいるのだとコンロの火は言う。ひとしきり相槌を打って、コンロを消してガスの元栓を締め、床につく。



バスの待ち合い小屋で人々の写真を見る。110日目。彼らは肩から上の写真で、ものものしい書体で書かれた名前と共に掲示されている。古い写真である。ここではないどこかを見ている彼らを見つめながら、彼らが今どこで何をしているのか考える。帰宅する。どんな顔だったのか、思い出せない。



ラリーの続けられる壁が手に入ったことを喜びながらテニスの練習をして一日を過ごす。海沿いの町にある、戦争を生き延びた壁である。壁は律儀にボールを返してくるので、こちらも思い余ることがない。打ったぶんだけ返ってくる。壁に愛を告げるとそれも同じように返された。111日目。



この時期になると夜中に花が光るようになるので、それを集めて町を飾り、うんざりするほど眩しい祭りの会場にする。象を何頭も招いて、会場中を練り歩いてもらう。足音が鈴の音の象である。つらなった象の背中を渡って遊ぶ。祭りの期間中ずっと、あたりは鈴の音でさわがしい。112日目。



ビー玉を集めてゴンドラに乗りに行く。113日目。近くの山にゴンドラが開通したという。乗り場まで歩きながら山を見ると赤や黄の花が咲き乱れていた。ビー玉は三十個持っていったが、三個で済んだ。乗る。誰かが花に水をやっているのをその頭の上を通りながら観察して、山の頂上へ向かう。



近所に列車が捨てられていたので別荘にする。114日目。内部を掃除し、きれいになったところに寝袋を運び込んだ。列車は今でも走ることを忘れていないらしく、たまに振動しているのがわかる。窓の外の景色もときどき見知らぬ土地に変わる。列車がおとなしいときを見計らって寝袋で眠った。



ソースの小瓶から音楽隊の演奏が聞こえるので、買った店に連絡を入れる。115日目。ソースの小瓶とは元来そういうものだと説明されて、納得したのでそれ以上は訊ねなかった。音楽隊は調子がいいらしく軽快な演奏を絶やすことなく聴かせてくれる。食事のたびに、ソースとともに音がこぼれる。



ソースが切れた。新しいものを買うついでに喜怒哀楽の調味料を買ってくる。その調味料を好きな料理にかけて、まるで不思議の国のアリスがキノコで身長を変えたように、感情を調節する。あまりにも便利なので日々の食事にかかせなくなった。喜楽ばかりが減っていく。116日目。まだ暑い。



楽器屋に行って、ワゴンに山と積まれたなかから太鼓を選ぶ。117日目。太鼓は白く、叩くと太鼓以外の楽器の音もして、ただ叩いているだけで楽団の立派な演奏に聞こえてくる。よく見ると少し汚れていたので、乾いた柔らかい布で拭いた。白い部分も落ちた。やがて光になった楽器を棚に置く。



加熱すると溶けて液体になる植物を買ってきて、電子レンジに放り込んだ。118日目。外から目で確認してほどよくなったところで取り出す。ベランダに置いておくと好きな形に固まるらしい。午後は居間の拭き掃除。夜、眠る前に一度ベランダを確認したが、植物はまだ固まっていなかった。



家の前を鳥たちが飛び交っている。119日目。午後三時のお茶の時間、窓を開けて観察してみると彼らはそれぞれ兵隊のようなかっこうをしていて、群れごとに列をなして飛ぶ練習をしているのだった。そしてきりきりと音を立てて地面に激突していた。夜、静かになってから外に布団を敷いておく。



通信教育で竹のぼりを習ったので、さっそく近所の竹林に行ってみる。120日目。竹はうすく透きとおっていた。手と裸足で挟み、ぐいぐいのぼる。竹はからから音を立てた。透きとおっているのはガラスでできているためだ、とてっぺんで気づく。ガラスの竹は重さに耐えきれず震えている。