物件を紹介された。61日目。扉を開けると部屋が増えていくしくみで、大きくなりすぎて誰も管理できなくなったと説明を受ける最中、トイレと間違えて扉を開けてしまい、また部屋を増やしてしまった。途方に暮れて辞退する。後日、感情や思い出とのシェアハウスにどうぞ、と入居者募集の広告を見かけた。



62日目。風呂場の湯気が水滴になって天井から落ちてくる。それがひとつひとつぞわぞわと集まり、壁をすべっている。水滴の中にはひとつ店があり、公園があり、学校があり、それなのに人がいない。水滴は誰かを呼んでいる。内側に閉じ込めたい人間を誘っている。膨れ上がるのを尻目に風呂からあがる。



意識をミキサーにかけている。63日目。他人のものと自分のもの、混ぜ合わせるにはミキサーがちょうどいい。できたスムージーを凍らせて、近くの道の駅で売る。ひとつ飲みながら川辺で休憩をした。流れる水をきれいだと思っているのが誰なのか分からなかったが、この曖昧さこそ求めていたものだった。



幸せ売りがいる。64日目。買ったぶん苦しみや失敗を味わわなければならないのだが、詳細は予め教えてもらえないし、過去の苦しみで支払うことは不可能だ。幸せ売りが業を煮やして通行人を幸せにしてしまうと、幸せにされた人は雷に打たれたようになって怯える。幸せとは恐怖だと、みんな知っている。



シャボン玉をとばす。65日目。公園にいると鹿のパレードがあった。ブランコに腰掛けて鑑賞する。鹿たちはめいめい花冠をつけて踊りながら進むのだった。いきおい余って二足で歩き出す鹿のうしろを、アルミ缶が跳ねながらついていく。吹いたシャボン玉は彼らの頭上をとんで笑いながら空気に溶ける。



66日目。移動式遊園地に行く。毎日場所が変わるので狙って行くのが難しいが、コンビニで用を足しているうちにすぐ手前の道に出たため今日は行けた。メリーゴーランドのピンクの馬のつるつるした背を撫でる。視界が回る。ポケットからコンビニのレシートが落ちて花びらのように馬たちを追いかけている。



ここ最近、砂の城に住んでいる。人間が作って置いていったものをこれ幸いとばかりに自宅にしたのだった。なかなか快適である。しかし、なにしろ砂の城なのでとても脆い。すぐに波で壊れてしまう。落ち込んでいるとヤドカリがやってきて慰めてくれる。宿を借りるのにもこつがあると、彼は言う。67日目。



スーパーに心臓コーナーができた。68日目。活きのいい心臓が瓶に詰められて拍動している。まだ生きている。誰のものなのか、いつ採れたものなのかは書いていなかった。ハートなのにハート型をしていない、と、こどもがすれ違いざまに指をさしていく。ひとつ498。新鮮なものを選んでひとつ買って帰る。



雪を匿う。雪は四月になると居場所を追われ、また次の冬まで生き延びるのが大変なのだという。家に招き入れ、暇をもてあます雪とポーカーをする。雪は強かった。負けたので紅茶を淹れてやっていると、電話がくる。雪を忘れていないと言うファンからの声を雪に聞かせてやる。雪は笑っている。69日目。



植物に飲み物を飲ませる。酒、紅茶、コーヒー、ココア、色々準備する中で、りんごの木がりんごジュースのリクエストを出してくる。本当にいいのか聞き返す。りんごの木は頑固なので、仕方なくりんごジュースをかけてやる。静かになったりんごの木のそばで、酒を飲んだ薔薇が酔っ払っている。70日目。



バスを待っている。手の中にバスカードがある。二枚。それぞれふたつずつ穴が開いている。電車でもなく、自家用車でもなく、出歩くときはいつもバスなので、バスカードはいつも必ず持っている。バスは電車よりは寂しそうで、野性味があり、車よりは自我がある。雨の田舎道でバスを待っている。71日目。



チョコレートアイスの上で工事をする。72日目。削岩機でちまちま掘っていると、住人たちが口を開けて背後に整列した。彼らの口に掘り起こされた土が入る。体が揺れる。そういえば何のために工事をするのか教わっていないと気づき、同僚に訊く。クッキーが埋まっているんだよ、だから、と彼は答える。



使われなくなった家電とパーティをした。招待状には、拝啓、電気を糧とするものたちへ、とだけ書いたのだが、それだけで通じたらしい。コードリールをせっせと運んでいるとブラウン管テレビが寄ってきた。子機と電気スタンドはずっと話し込んでいるようだった。掃除機と夜空を見上げる。73日目。



電話をかける。死んでいったヒーローたちへ固定電話から一方的に連絡する。ハロー、あなたたちに助けられて今ここにいる、と、そう電話口で告げるが答えるものはない。カレンダーを見る。74日目。そちらへ連れて行ってほしい、連れて行ってもらえるはずがない、安心感と劣等感と、寂しさと焦りがある。



アガパンサスのある飲み屋にいる。机にあるのはメニューではなく図鑑で、ドレンチェリーののったクッキーかケーキが食べたいと思って探したがなかった。デザイン画の仕事をする。久しぶりなので手間取っていると、お通しがやってきた。クラゲにも見えるし、豹にも見える。二十分かけて食べる。75日目。



天井から飴がぶらさがっている。76日目。家じゅうのラムネ瓶を集めて床に並べた。飴が落ちるのを待つあいだ、行くと必ずくもりになる場所で時間を潰す。誰かが掃除をしているが誰なのかはわからない。夕方、くもり空の下を歩いて帰った。ラムネ瓶には何も入っておらず、飴は消えていた。




塔に雷が落ちる。まるで何かのカードのような光景だ。この町では塔は人々の心だという。崩れては下にいるものに石くずを降らせる塔はやかましかったが、それは塔の泣き声ではなくて雷の雄叫びだった。逃げ遅れた人々がそのうち草になる。雷は雨に変わる。雨に濡れた草が揺れる。77日目。



岩を掘ってできた城を見かける。岩はこぶりで、地球が誕生したときからこうあるように見えた。穴が開いていてそこが窓になっており、入ろうとすればするりと入れる。岩肌はすがりつくにはためらわれる白い色をしている。昼になる。空腹だったので廊下に落ちていたパン屑を食べた。78日目。



背中に入れていたタオルをだすと氷のようになっている。それを折ってトンネルを作り、中をくぐっていった。トンネルの中は音がよく響く。足音が懐かしい笑い声になり、足をとめると笑い声もとまるので、歩き続ける。抜けた先にサンドイッチが落ちていた。笑い声はもうしない。79日目。



髪の毛を縒って木にする。一般に木は雨が好きと思われがちだがこの木はそうでもないらしく、傘をねだられる。傘を探して歩いているとひらけた場所に出た。四角く長い影が視界を埋めるほど大きく広がっていた。振り返るが建物もないし、ほかに人もいない。傘は見つからない。80日目。



吐くことと産むことがどう違うのか確かめる。81日目。何度も吐くと胃液は内臓と骨になり、目の前でもう一度自分になる。そこからは進展がないのでみきりをつけ登校する。授業は既に始まっていた。学校の扉で足し算をしていくと最終的に扉は大きなひとつの門になった。くぐる。なにもない。



耐火金庫室に引っ越す。82日目。金庫室は百万円以上かかったもので、なかにはたくさんの本がある。本が燃えることを恐れた人によって作られたらしい。前の住人は、火気厳禁なので花火ができない、と文句を言い残して逃げたという。金庫室には誰も訪ねてこない。内側からも開けられない。



83日目。耐火金庫室の鍵が開く。外に出るとテーブルがあり、その上に乳幼児用のカップと皿が並べられていた。ポケットに入っていたビスケットを皿にのせる。その場所でじっと待っていると、遠くから黒い犬がきて、ビスケットをくわえて去っていった。どこかからラジオの音が聞こえる。



手のひらにクレーターができている。84日目。ラジオの音はクレーターの底から聞こえており、その周りにいきものがたくさん集まっていた。クレーターは深く、わずかに赤紫色をしている。じっと見ているといきものがとびこんでクレーターを埋めようとしていた。両手を合わせる。音が消える。



声がするので外へ飛び出す。85日目。あたり一面に金貨が敷かれており、夜で暗いはずがぼんやりと道だけ明るい。踏んで歩くことに躊躇していると、目の前をトラックが通りすぎた。荷台に何があるのかよく見えない。風で花が揺れる。えずくような鳴き声は花から金貨が落ちる音だったらしい。



家具を買いにいくと檻が売っていた。平日なので客がまばらである。三時になって喫茶店でプリンを食べるうち、ずっと檻がほしかったような気分になってきた。金糸の刺繍のクッションを抱いて、店員を呼んで、檻に入らせてもらう。隅へ寄る。格子。暗い。ここには誰も入ってこない。86日目。



家具屋からの帰り道、体に蒔くための種が売られているのを見かける。腕や肩に蒔いて育てるという。一粒買って、公園にいく。ベンチに寝そべる。公園の遊具にはどれも包帯が巻いてあった。そばで駆け回るこどもたちの肩から出ている芽を、こどものうちの一人が摘んでいた。寒い。87日目。



目覚めると勝手に髪が編まれていたので、やった人間を探し出すために貼り紙をした。電話をすぐ脇に置いて待つが、誰もかけてこない。傷んだ毛先をよく観察するとそこで綱渡りをして遊んでいる動物が見えた。88日目。外気の温度が低いため息を吸うたび内臓が冷える。家鳴りが聞こえる。



茹で玉子を食べる。突如かかってきた電話の相手は自らのことを「終末」と称していて、自分のあとに来るだろう新しい始まりをひどく恐れているのだった。茹で玉子の匂いが強い。一頻り駄々をこねて満足したのか、電話は突然切れた。茹で玉子の殻を集めて玄関のタイルに撒く。寝る。89日目。



ケーキ屋にいくと、金縁の広い皿が店員によりどんどん磨かれ積まれているところだった。店の隅ではペンが勝手に伝票へ宛先を書き込んでいる。虚しさを練り込んだというケーキをひときれ注文し、店内で食べる。レジ奥で椅子が動いた気がして目を凝らすが、結局よくわからない。90日目。