31日目。琥珀の展覧会に行く。アクセサリーとして磨かれたものより、むきだしで雑に置いてあるものに一番惹かれる。見渡す限り琥珀が飾られていて、大小さまざまなそれらの中にひとつひとついのちのかけらが入り込んでいるのを見る。琥珀のような何かに死後閉じ込められることを、ずっと望んでいる。



32日目。風呂場のタイルをはがして煎餅にする。今の時季、掃除したての風呂場のタイルは調味料を素直に吸いやすいのだ。砂糖醤油、塩、海苔、さまざまな味のものを焼いて一枚ずつ袋に入れていく。バザーでいつも買っていってくれる子どもたちを思い出す。余った分、失敗した分は自分で食べる。



33日目。起きるとお粥ができている。シラスとネギ、卵と梅干し、ささみとキャベツ、それぞれ鶏ガラや本だしなどを入れて味をつけて食べる。白い粥に海苔佃煮を伸ばすと知らない記憶が懐かしくよみがえる。瓶入りのこの海苔佃煮は家族が多くいる家のこどものためのものだからだ。外はもう春である。



34日目。口弦を買う。売ってくれた少女の言うところによると、その白い口弦は猫の髭でできているのだという。となりには蛾の触覚でできた櫛があった。口に口弦をはめて鳴らしながら散歩していると、花壇の白いチューリップのよく揺れるのが視界に映る。あの櫛も買うんだったとその瞬間後悔した。



35日目。球体の機械の中にアルミホイルをいれてとあるものを作らなくてはならないが、失敗してアルミがくっついた。熱されていくのを見ていられず逃げ出すと校庭にも火柱が立っていた。連れがフェンスを飛び越えて行ってしまったと思いきや、すぐにこちらを引っ張ってくれる。それでも逃げ場がない。



36日目。サンキャッチャーのまたたきに合わせて鳥が鳴いている。暴いてほしくない宝物のように誰かを思うこと、その誰かのために心の中に椅子ができていて、そばにいないときもそこに話しかけてしまうことを考える。どんなにこちらが全身を燃やしても、自分も誰かにそうしてもらえるとは限らない。



37日目。春を鍋の中で溶かす。よく煮てグラニュー糖をまぜ、庭からとってきたミモザの花を入れて瓶詰めにしてしばらく寝かせると、ハチミツのように春はほどよくかたまってジャムになる。透明度の高い春とミモザのジャムはサングリアによく合う。去っていく白鳥を見送りながらロッキングチェアで飲む。



38日目。砂利を集める。石よりこまかく、砂より多く、その上に車を停めたりしておくにはいい砂利だが、よく道路の方へ逃げ出してしまう。人の目を盗んで転がっていた砂利をひとつひとつ拾い上げる。ごめんと謝ったが、誰も返事をしなかった。それからは誰にも頼らずに生きることを考えながら過ごす。



39日目。川辺を歩いている。おもちゃの銃弾がいっぱい落ちているところで少しだけ休憩をした。近所にレースを飾っている家があり、いつでもオルゴールの音がするのに今日もやはりひとかげはない。持ってきた本から出てきた魚たちが川に逃げていくのを見守る。川は粘土の色だった。



掃除機をかけていたら星が出てきた。どうも子供の頃に集めたものがたんすの後ろに隠れていたらしい。久しぶりにもう一度集めたくなり、真夜中、夜空を布団叩きで叩いてまわる。こぼれおちる星をひとつひとつ見繕い、磨き、部屋に運んだ。電気をつけていない部屋のなかで希望のように星が光る。40日目。



腕を見るとこつこつ硬く透き通っている。壊れやすくなったんだったと思いながら夜の学校を探検した。景色を確かめようとする昔の恋人のもとへ、平均台を進むように屋上の縁を歩いて近づいて、自分たちを隔てるススキごと相手を抱き締める。腕が痛い。あとでこっそり、腕から生えた茸を抜いた。41日目。



サボテンばかりある道を進んでいる。車や通行人、家さえもなくサボテンしかない。そのあいだを縫うように進んでいくとクッション部分の破けた椅子やベッドが無造作に積まれた山があり、その下に黒い階段が見えた。地下へ続いているらしい。行こうかと何度か周辺をうろついたが、勇気がでない。42日目。



ゴッホとクリムトが視界すべての景色を担当してくれると言って仕事をしている。心象風景はキリコのようだが、目を開けると世界の筆致が違う。ちぎれたひかりの境が消えていくのを見守りながら、彼らに金を払おうとするが断られた。再び顔をあげるとそこには自分が立っている。また騙された。43日目。



透き通るほど青い靴を探す。シンプルであればあるほどよい。それは心を自由にしてくれるものである。靴屋にはスニーカーもヒールもブーツもあるが、いずれも柔らかなアースカラーばかりだった。病的なほどの青はどこにもない。店員に尋ねてみると、青のブームはもう去ってしまったのだという。44日目。



他者の存在で己の傷を癒そうとする罪について考える。45日目。この手の中にある花束を誰かの檻にしてしまうことが怖いのなら、そもそも花など摘まねばよい。それなのにまた新しく花を束ねてしまう。誰にも見せたくない花畑でなぜか誰かのためのものを作り続けている。檻の中の景色をそろそろ忘れたい。



46日目。みんな誰かに会いに行くのだろう。鏡の前に行列ができている。最後尾に懐かしい人がいるのが見えたがこちらには気づいていない。何か言わなくてはと思って擦れ違い様、すまない、と囁いて言い逃げのように扉を閉めて部屋を出る。長くまぶしい廊下で、もっと言いようがあっただろうにと俯いた。



空の色が白と青を繰り返している。47日目。森へ行くと丸型蛍光灯が落ちているのでひとつずつ集めていった。これは空にいる誰かが撒けてしまったのだろうと思う。割れているものはない。手の中で空と同じ色に明滅するそれらが夜には森を照らしていたのかと想像すると、その光景を見てみたくなった。



あと何十年か先のことを考える。48日目。友人によく似ている若者と、自分によく似ている若者が仲良く話しているのを幻視する。その審美眼、寂しさの似かよったところを考えると友達になりたいと強く思ってしまうが、その頃には自分は死んでいる。会うことができない未来の自分たちの笑い声が聞こえる。



小鳥が集まって指導してくれるというので、歌を教わった。49日目。人間の歌そのままでは、鳥には愛は通じないという。言われたとおりに小鳥のような声で歌ってみるが、教師たちはしかめつらをする。人間は歌を忘れたけものだ。相手のことばで愛を伝えたいと思うことは、一番の愛だろう。特訓は続く。



カップの中に花を入れる。50日目。くるみが落ちている川辺で花をカップへ入れ終え、あとはただ横たわっていると、飲んでも構わないかと問う声がした。初老の男性がパンジーのカップを取る。小学生たちはチューリップを分けあう。ひとつひとつ、カップが空になっていく。水音がやまない。恐ろしい。



電子レンジの中が森に繋がっていた。51日目。ものを温めると青く静かな香りがする。さえざえとさみしく香る牛乳を取り出して、行けない森を思った。レンジに入れたときと出したときとではこの牛乳も別物になっているのかもしれない。電話がなっている。事実に浪漫を見いだす豊かさと、傲慢さをうれう。



誰かの言葉を思い出す。52日目。声は甦らない。顔も名前も分からない。ただ何を言っているかはわかる。絵筆を片付けながら、どうして今まで忘れていたのか考える。何年も体を構成してくれていた細胞が勝手に浮き上がってくるかのような思い出しかただった。パレットにこびりついた絵の具が取れない。



風船をもらう。53日目。近所の住宅地の入り口で配布されていた。どうやら擬態するらしく、透明だというわけではないのだが、景色と一体化する。青空に出せば青の色になる。家の中では壁紙と同じ色になった。ふと思い付いて風船を抱き込んでみる。鏡を探すが、鏡は絶対に見つからない。



写真をプリントする。54日目。顔だけ印刷されない。名刺ほどの小さな用紙の半分に好きな人たちのっぺらぼうが次々生成される。古いカメラを使っているのが悪いと声がするのでそちらを見たところ、クラスメイトがきれいな写真を隣で並べていた。生きている限り幸せになれるはずがない、と、写真にある。



洗濯物を叩いていたら柄が落ちた。55日目。部屋のなかが柄でいっぱいになってしまった。呆けていると来客があり、公民館へ連れていかれる。雨見の儀式がもうすぐあると説明を受けたが、いつまでたっても雨は降らない。こっそり帰って真っ白な洗濯物を畳む。落ちていた柄は留守中に消えていた。



新しいノートを開くと小さな人間が出てきた。ページをめくるごとに現れる人々が列をなして行進するのを見守る。さながら蟻である。顔つきも服装も違う彼らの周りに何を置いてもその行進を妨げることはできないのだった。ぺたぺたと粘着質な足音がする。ページをめくる。軍歌の空耳が聞こえる。56日目。



花の匂いを指でつまむ。57日目。寝室が暗く、近頃やけに眠りやすいと思っていると、それは花の匂いのせいらしいのだった。ちりとりでは掃けない。掃除機でも吸えない。根気強くつまんでいくしかない。袋に入れると悪夢の色をした匂い詰めができあがった。不眠症の隣人に贈り、お返しにまた花を貰う。



生まれて初めて自分の声帯を見る。58日目。腫瘍やポリープこそなかったが、上部がぼろぼろで、大理石の模様のように血管が走っていた。胃酸が逆流して荒れた証拠だという。胃炎と腸炎の割りを食った声帯なのにそれでも、持ち主のわがままをずっと叶えてくれていた。昔のように歌えるはずがなかった。



他人に幸福を押し付ける。59日目。他人にとってはとんだ迷惑である。幸福は粘土のようにぐにゃぐにゃとしていて、それでいてほどよく固く、弾力がある。だるまにしたりボールのように丸めたりしながら他人に押し付ける。幸福そのものには血が通っていないので何をしても静かだった。枕にして眠る。



バイトの求人広告に卵の管理というものがあった。60日目。申し込んでみると今日から来るように言われる。卵は割れてしまうと中から宇宙が垂れたり花びらが散ったりするという。しかし何かが孵ることはないというので、ただ壊れないように見守ればいいだけだった。一日見て、夕方に給金をもらって帰る。