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目が覚めるとカントリー調の部屋。たてつけが悪いようですきま風が寒い。花がやたらといっぱいあり、他のいきものの姿は見えない。することがないので花を編む。ところどころ木の剥がれかけた扉を開けると小川がある。花輪を流す。知っているはずなのに、花の名前がひとつも分からない。一日目。
扉がいっぱいある。移動したくなかったが他のところに来てしまったらしい。どの扉の前にもビンがあり、色は青で統一されている。どれもからっぽらしいが持ち上げる気が起きない。最近まじめに洗濯をしていないな、と思ったところで遠くを誰かがかけぬけていった。なんの音もしない。二日目。
六時に目が覚める。子供の頃タイムカプセルを埋めたところが気になって公園にいく。おなかが減ったので鞄から出てきた蜜柑とジントニックで済ませる。中学生になったら小学生のときの先生に相談なんかしちゃいけない、と昔友人に言われたことを思い出す。タイムカプセルは見つからない。二日目2。
まっくらな部屋の隅にテレビがある。つけて見ていると見知らぬお笑い芸人が出てきた。おやつはポテトチップスとカヌレ。足の裏がかゆいので見てみると、そこから緑の毛が生えてきていた。毛抜きで抜く。小学生のとき配られた業者のテスト用紙のにおいがする。テレビは30分で終わった。二日目3。
昼前に起床。友人がカキフライを届けてくれる。打ち明けた記憶がないがなぜ好物だと知っているのか訊くと、昔わけてもらったから、と答えられる。何も思い出せない。冷めておらず美味。古い紅茶を選り分ける。夕方にカップが届く。想像したより大きい。しまう。部屋に戻ると泥が広がっている。三日目。
ドレンチェリーを探す。五軒ほど回ったがなかった。帰って掃除。今の家はアパートの一階。布団を畳むとき、組み合わせて秘密基地にする。敷布団とたんすの間にシーツをかけて屋根に。できあがった秘密基地はストーンエッジに似ていた。西日がまぶしい。中に入り、ごはんですよを舐めて寝る。四日目。
7時起床。ラーメン通りに行く。通り一面ラーメン屋。壊された店舗の近くに福寿草があった。日陰の雪は氷のよう。福引きで怪獣のおもちゃがあたる。触り心地はごわごわ。家に帰ろうとすると崖に立っていた。崖にはサコッシュがひっかかっていた。冬の海。誰かが沖のほうで手を振っている。五日目。
二時に空港に行く。どの便も欠航で、滑走路では黒い犬が眠っている。どこからか漂うイランイランの香りをたどっていくと喫茶店があった。客も店員も誰もいないが、コーヒーの湯気だけはあがっている。滑走路が一望できる席につき、カウンターに置いてあったたまごサンドを移動させて失敬する。六日目。
メリーゴーランドに乗る。眠いので乗りながら昼寝。係員に終点だと言われて起こされる。目を開けると遊具廃棄場に移動していた。見覚えのあるブランコをよく観察すると、地元の遊園地の住所が書いてある。その遊具を曲がるとコンビニがある。肉まんを買う。食べつつ店を出ると家の前だった。七日目。
たんぽぽの咲き乱れる野原に行く。看板に、たんぽぽのスープを作らなければならないと書いてあるので、近くに並んでいた食器を使って作る。看板の文字は白のペンキ。なんとも言えない手書き文字だった。煮込んでいる間に寝てしまう。目を覚ますと杉の森の中だった。最近誰にも会っていない。八日目。
杉の森にいる。降りていく途中で木を伐るひとを見かけたので話しかけると、町への方向を教えてもらえた。相手は四十代ほどに見える男性。ヘルメットではなく笠をかぶっており、表情がよく見えない。町は霧に包まれていて、ものの焼けるにおいが立ち込めていた。霧で全身が湿る。九日目。
霧は晴れない。ものが焼けるにおいをたどりながら、何のにおいなのか考えるが、とりとめのないにおいのためわからない。肉のような気もするし、草のような気もする。食欲はあまりそそられない。まっすぐな道路を抜けると教会があった。塗料の剥がれた壁を触る。いつのまにかにおいがしない。十日目。
開かない教会をあとにして、アスファルトの道を歩いていると、後ろから牛の群れが追い抜いていった。入れ替わりに前から学ランを着た学生がやってくる。この町に何かないかと訊ねると、ふたつ先の曲がり角を教えてくれた。言われた通りに曲がると海がある。疲れたので浜にござをしいて寝る。11日目。
誰かに揺さぶられた気がして目を開けると、すぐ鼻の先まで波がきていた。顔に海水が着いて違和感がある。持っていかれた砂が抉れている。沖のほうを見ると、ぽつんとベッドがあった。ゆっくり近づいて中を改めるも誰も眠っていない。完璧なベッドメイクだった。海であることを忘れるほど静か。12日目。
もっと沖のほうまで歩いていくと小さな島があった。コンビニが建っている。店の中の棚一面、砂糖菓子。さんごの形をしている。客は数名いたが、誰も下を向いて黙って棚の前にいるだけだった。店内放送は魔笛。好きな曲なので一緒に口ずさみながら買い物を済ませる。レジの机がなめらかだった。13日目。
コンビニから出ると家だった。さっそく買ったものを食べようとして袋からとりだすと、小麦粉になっている。篩にかけて、卵や牛乳、砂糖とまぜてもう一度クッキーにした。フォークで立てに穴を開ける。焼きながら、墓という名前をつける。焼き上がった棒状のクッキーは誰かの墓のようだった。14日目。
眠りについたつもりがまだ夕方だった。冷えきった冬の水道水で顔を洗い、渇いたくちをすすぐ。居間に大きならくがきがあった。けんけんぱの丸。唱えながら一人であそぶ。遊んだあとで掃除した。けんけんぱの丸は消えなかった。指でさわったぶんにはただのクレヨンのようだが、落ちない。15日目。
最近なつかしい幻覚に苛まれている。すっかり忘れていたのでびっくりしているが、感覚そのものは本当になつかしいので困ってしまう。どんなものか説明ができないため助けも求められない。ソファに横たわってただその感覚を追いやろうとする。西日が差している。部屋の真ん中にカーネーション。16日目。
駅に行くと線路に塩が撒かれていた。何か理由があるのだろうと思い、ひび割れたプラスチックの椅子に座って電車を待った。隣の席にテヅルモヅルが置き去りにされている。こどもたちが走ってきて線路を飛び越え、反対側のホームへ行くのを見送る。電車は来ない。待つことが趣味の人のための駅。17日目。
きょうだいが帰ってきたのであわてて出迎えた。帰宅するなり居間に来て、こちらに背を向けて椅子に座っている。相手がもくもくと何か食べている間に親も来る。なぜかアニメ映画の主題歌の話になり、インド語訳がいいと勧められたが、顔をまたあげたら誰もいなかった。視界を猫が横切っていく、18日目。
見渡す限り波のプールにいく。ドーム一個ぶんプールで、果てがよく分からない。どこかで見たような顔の店員が渡してくれた椰子の実ジュースは薄いポカリスエットを思わせる味だった。あまりにも人が多過ぎて、だんだんと気分が変になる。ピーマンの肉詰め、プールの人間詰め。更衣室がぬるい。19日目。
ミモザをもらう。くれた人はそのミモザを持ち歩いてずっと旅をしていたと言う。どこかでミモザを渡されて、誰かあげたい人を他に見つけるまでミモザを手放すことができなかったらしい。自分もその人と同じようにさまよう羽目になるのかと思ったが、特にそんなことはなかった。立派なミモザ。20日目。
ひねもす浮わついた気持ちで、自分が何をしているのかわからない状態がずっと続いた。意識が戻ってから、近所の林で種を拾う。歌を聞かせると芽吹くらしい。林から出ると映画館にいた。母親ほどの年齢に見える女性たちが派手に着飾って歌うので、鞄の中で種が発芽する。懐かしい歌だった。21日目。
手袋を拾う。痛そうなオレンジ色で、手首の縁がブランケットステッチでぐるりと縫われている。ステッチの糸は茶色で、そのせいで変な手袋に見えるのだった。右手につけて道を歩いていくと人だかりができている。近くに新しい写真屋ができたらしい。横断歩道の向こうにピエロが立っている。22日目。
はしごをかけて川を渡る。最近開発が進んだところで、まだ橋ができていないのだった。疲れを感じた瞬間かかとが熱くなる。触って確かめても熱い感覚ばかりで、実際には何もない。渡り終えてからそばにあった自販機でコーラを買ったが、炭酸を飲めないことを失念していた。ゆっくり飲みほす。23日目。
難燃性。緑色でどろどろしたものが広がっている。少しずつ動いて移動するのが寂しそうだった。鳴き声はミーアミーアミーアミーアでワンフレーズ。空間の向こう側までずっと緑だった。少しずつ右あたりに渦ができ、そこから様々が生まれてくる。目まぐるしくできたものの鳴き声はやはり同じ。24日目。
骨の通販が始まったので早速お金を振り込んで待つ。最初は種類も形もランダムだという。苦労して運んでくれた配達員から受け取り、待ちきれなくて玄関で開ける。どんな生き物のなんという部位のものだかまるで分からない。ただとても柔らかく、太く透き通っていた。壁に掛けるようにして飾る。25日目。
近所のパン屋にいくと大幅なリニューアルが行われていた。様変わりしたメニューをひとつひとつ見ていく。羽虫と名付けられた平たいパンが一番美味しそうに見えたのでトングに山のように挟んだところ、合体して分厚い一枚のパンになってしまった。今まで食べたどんなパンより香ばしかった。26日目。
回転ドアをくぐりぬけると、個室に公衆電話があった。すべすべした布で壁一面おおわれている。受話器を取ったはいいが小銭がない。仕方がないので財布をひっくり返して、最後に出てきたメモにペンで30円と書いて入れた。しかし、次はかけたい連絡先がわからない。あらゆる音を吸い込んで静か。27日目。
横顔の無邪気な人と一緒にいる。なにが理由なのか、相手は微笑んで腕を組んでくる。ひそひそ話をするように耳元で囁いてやると相手は一層はしゃいで笑うのだった。その人と自分らしきにんげんがじゃれあうのを少し離れた背後から自分は見ている。笑顔がどんなに魅力的か、本人に伝えそびれた。28日目。
駐車場で拾ったかたつむりが言うところによると、雨の降っていないときの世界はやかましいらしい。雨天時のほうがうるさいのではないかと思うがそうではないという。何がうるさいかというと、太陽光がしゃべるのだという。かたつむりをなるべく日の当たらないところに連れていき、一緒に眠る。29日目。
30日目。水の味を比べる。家中のコップにさまざまなタイミングで色んな量の水をいれて並べると、部屋がにぎやかになった。一見間抜けに思えることでもなんでも試す。水は黙って受け入れていた。軽く混ぜたものが一番深い気がした。水ではなく水を通して触れられる何かの姿を探していたのかもしれない。
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