私は百円で指輪を売っている。私のやっていることは本社からの命令だった。私は平社員なので、逆らえるはずもなく従った。百円の指輪の調達というのがこれまた面倒で、無知な私は律儀に大きな玩具屋に行ったのだが、そこでは見つけられなかった。私はアクセサリー売り場で指輪を漁る。どれもこれも個包装されていて、意外と高い。これを複数個買うなんて想像できなかった。そこまで元手がない。諦めて帰る。困り果てて通販で検索すると、望むものはあっさり見つかった。指輪、こども、縁日、フリーサイズ、とかそういう単語の検索だけでなんとかなった。予算にも優しい。私はそのシリーズの指輪をセットでいくつも購入した。指輪はすぐに届いた。
 売り始めて数日、初めての客が来た。その少女は近所の中学生で、おこづかいを自由に使うためにやってきたと語った。親が厳しいらしく、ほしいものを買ってくれなかったらしい。こういうのがほしかったと言ってひとつだけ買っていった。売れたのはうさぎの形のプラスチックがついたものだった。その中学生は数ヵ月後にまた来た。恋人ができたのだという。しかし試験とデートの日が重なり、縁日に二人で行けなかったから、せめて縁日気分になりたいということだった。台にハートの石がついたものがふたつ売れた。一年後に中学生はまたやってきた。中学生はもうすぐ中学生ではなくなるらしく、忙しさで恋人とも別れてしまったと言う。進学したらここに来られなくなるから思い出に、と言ってまたひとつ買った。飾りのないシンプルな銀の輪だった。
 それから客は誰も来なかった。会社のほうからも何も連絡がなかった。ずっと店番をしていると飽きてくるのでたまによそを見る。横断歩道を、人差し指にうさぎの石の指輪、中指と薬指にハートの指輪、小指にシンプルな指輪をつけた女性が渡っていくのが見えた。彼女以外にはまったく売れていないが、今日も私は百円で指輪を売っている。

ゆびわのはなし1 191013