とつぜんの手紙にあなたは驚いていることでしょう。あなたはこの手紙をこうして読むまで、自分の育てていた植物たちのことで頭がいっぱいだったと思います。ずっと大事に育てていたのにどうしてすべて焼けてしまったのか? 誰が大切な植物たちに火を放ち、銀色に輝く武骨で無粋な研究所の床を剥き出しにしたのか? あなたの植物たちを焼いたのはわたしです。わたしがあなたの悲しみと憎しみの相手です。そのことについては謝罪もしなくてはならないと思っていますが、まずは説明が必要でしょう。何年も植物たちに向き合ってきたあなたには真実を知る権利があるとわたしは思います。どうか手紙を畳まないで落ち着いて読んでください。あなたの育てていた植物たちはいつかわたしの四肢に接がれる手筈になっていました。わたしたちのうちの誰かの四肢のスペアを育てていることはあなたもご承知だったでしょうけど、いったいそれが誰なのかは知らなかったでしょう。それもそうです、誰の四肢のスペアを育てているか知ることは禁忌になっています。他ならぬわたしたちがそう定めてあなたたちに黙ってきました。でももうわたしとあなたの植物たちは燃えてしまったのだからそんな決めごとは関係ありません。あなたが育てていたのはわたしの四肢のスペアでした。
 あなたも知っているとおり、わたしたち一族は植物を四肢に接いで生き延びてきました。あなた以外にもよその研究所で植物を栽培させられているひとたちが大勢いるのです。そのひとたちのおかげで、わたしの父も母もそのまた父も母もみんなみんなまだ生きています。頭のあったところに巨大な花を咲かせ、全身に葉を繁らせ、肩から蔦を伸ばして互いに絡まりあい、下半身から根を生やして生きています。長く生きたいと思ったとき、人間同士で体を接ぎあうことにはやはり問題がありました(技術的にも倫理的にも)。そこでわたしたちが目をつけたのは植物でした。わたしたちは植物の種を集め、研究所を建て、あなたのような勤勉なひとたちを働かせ、わたしたちのための四肢のスペアを育てさせて生きながらえてきました。銀色の研究所にあなたたちを詰め込んで、ただひたすら植物の世話だけをさせてきました。
 わたしは四肢に何も接がずに滅びを受け入れようと思います。これはただのわがままです。わたしはわたし以外のものをこの体に繋ぎたくないのです。植物たちに申し訳ないとか、あなたを働かせてまで助かりたくないとか、そういう清い気持ちが動いたのではありません。諦めでもない。ただ、こわい、それだけです。誰が私の植物たちを育ててくれているのか知っていてもなおわたしはこわいのです。わたし以外とわたしを混ぜたくない。でも、こういうことを訴えても、植物たちが元気であるかぎり、定めは変えられなかったでしょう。あなたは植物たちを育て続け、いつかわたしはそれらを体に接いで、そしてあなたを失っても永遠に生きたのでしょう。でもそんな未来は来ません。あなたとわたしの植物たちはわたしがすべて燃やしてしまったから。
 もう少しわがままを続けます。あなたにとっては不可解なことでしょうが、どうか、植物たちがあったところを、これからも守り続けてください。世話をしてやる植物たちはもうありませんが、それでもずっと、あなたに見ていてほしいのです。そこが焦土のままでも、いつかわたしが失われても、あなたの命が尽きるまで。
 最後になりましたが、わたしはこんなに手紙を書くことがへたですから、たぶんあなたの憎悪を煽っただけになっていると思います。わたしがあなたを無一文で働かせて、そのあげくにそれに報いることもなく植物たちを燃やしたなんて、あなたはきっと一生を嘲笑われたと思っていることでしょう。そのとおりですがそうではないのです。やっとあなたにことばを届けることができます。あなたを縛りつけて働かせてごめんなさい、あなたのその努力を受けとることなく燃やしてしまってごめんなさい、長い間わたしの四肢のスペアを育ててくれてありがとう、あなたとこうしてことばを交わすことがずっと夢でした。これを言いたくて植物たちを燃やしたようなものでした。やはり燃やしたのは正解でした。最後にもうひとつ、読んでくれてありがとう。あなたの仕事はむだではありませんでした。結局あなたをこれからもここに繋ぎ止めることについては謝りません。さよなら、いつまでもお元気で。

接ぎ木 200503