リリンが十歳のとき、マキは五歳になったばかりだった。マキが十二を超えたとき、リリンはというと六歳へ戻っていた。マキの控えめなまつげをリリンはこよなく愛しており、それはちょうど海亀が歌を思い出して波にためらう様子によく似ている愛だった。マキは、リリンのはちきれそうに赤い頬と淡いキャラメルの巻き毛と、爪はじくのにちょうどよさそうな両目のおもてが風に撫でられているのを見るのが好きだった。リリンの肩に空気は砕かれ、いつだって恥じ入るのだ。マキの大きすぎる双眸はいつでも視線の先のリリンを正確に捉え、リリンもまたマキを大切に思っている事実を伝えていた。リリンにとってマキは夢だった。うっかり拾った小石だった。マキにとってリリンは夜空だった。倒れそうな木の叫びだった。リリンとマキは喧嘩をしてさえいつだってそばにいた。そばにいるということがなんなのか互いに説明できなくなるほど常にそばにいた。リリンの丸太のようにたくましい手足はマキの昆虫じみた節くれ立つ腕をよく支えていた。二人とも働くのが大好きで、箒の柄を親の手のように手放さないのだった。二人の皮膚は次第に持ち主と同じようにどんどんと誠実に、そして情深く変化し、少し離れただけですぐに相手に会いたがるようになった。リリンもマキもそれぞれの皮膚に言うことを聞かせるのに苦労したが、それでも二人でいることをやめなかった。当たり前すぎてやめかたがわからなかったのだ。リリンとマキは相手の名前をそろそろ忘れそうだった。相手が自分であると思っていて、自分は相手だった。よく名札を取り違えた。リリンはマキでマキはリリンだった。
 二人の主人にとっては、リリンはリリンでありマキはマキであるほか何者でもなかった。名前を呼び間違えても存在を取り違えることは一度だってなかった。主人はリリンを迎えた頃、リリンだけを見つめていたが、マキを新しく迎えてからというもののマキのほうを余計に気に入っていた。主人からの扱いが違うという意味で二人はどうしても二人のままで、いつまで経ってもちっとも一人になれやしないのだった。リリンはしかし、マキをねたまなかった。マキもリリンに余計な負い目など感じなかった。つまらないほどつぶらなマキの瞳がリリンを見つめる。髪と同じほどの焦げの色にまたたいている。リリンの継ぎだらけのワンピースはたなびいてマキの足にまで絡みついている。布にはこの世のありとあらゆる植物が色濃く踊っている。はじめはどこに行くにもリリンだけを伴に連れていた主人は、今はリリンを置き去りにしてマキ一人を脇に控え、出かけていく。
 ある朝の出来事だった。主人の車の前輪にマキの瞳が落ちていたのだった。ダイヤモンド、そうでなければ耳鳴りのようにさびしさが凍える夜のことだった。誰より先に気がついて拾い上げたのはリリンだった。マキの瞳はリリンのものより一回り小さかった。一歩前とうしろに、整列する感情たちを付き従えながら、リリンはしばらく黙り込んでマキの瞳を手のひらに載せていた。じいっと見つめて、いつまでもしつこくしつこく指先でいじっていた。マキはその日、仕事に起きてこなかった。結局、次の日もその次の日も来なかった。みんながマキを探したしリリンだってマキを呼んだが、瞳だけ残してどこからもマキは消えたのだった。リリンはそのうちマキを探すのをやめて、黙々と仕事に熱中するようになった。主人は、もう、おとなになる。リリンどころか他の誰一人も、あんなに執着していたマキさえもいらないおとなになる。立派な黒い服を着て遠く遠くへ行かなくてはならない、主人がすべてを見捨てるそのいつか、今主人に所有されているすべて、主人を見送らなくてはならない。愛されているとしても一緒にどこまでもついていくことはできない。主人の周りにいるすべて、その日を思ってそわそわしはじめた。一斉に空を見た。まるで世界が総毛立ったかのようだった。そのうちみんなリリンがどうなったのか気にしなくなった。やがて恐れる日が現実に追いついた。主人は名残を惜しまれながら慣れ親しんだその場をあとにした。リリンも、マキの瞳とともに主人を見送った。マキの瞳は持ち主よりも無言が重かった。少ししてかつて主人のものだった部屋の暖炉からセルロイドの焼けたいいにおいが広がった。気づいたのはまたしてもリリンだった。においにはマキと書かれた懐かしいかたちの名札がついていて、リリンのワンピースのポケットにある瞳をとても懐かしがった。そのあと、マキのにおいと会話をしたリリンは朝を待たずに部屋中に火を放って死んだのだった。もう主人を失ったものたちは屋敷の中で有能な薪になってたちまち燃えた。狂気のようによく燃えた。マキのにおいはそのニュースを聞いて見て一人笑っていたのだった。リリンとマキはにおいになって今とうとう二人一緒になり、性懲りもなく、焼け跡からゆらゆら立ちのぼっている。


リリンとマキ/不可村/231110/Repost is prohibited.