その場にいる全員が愛を知らなかった。全員、飲む手を、食べる手を止め、はたと顔を見合わせて、間違って生まれてきたので泣けなかった赤子のように口籠った。それまでの馬鹿騒ぎは俄雨のように頭上を通り過ぎ、今や二度とは戻らない旅人となって見知らぬ土地へと歩き去った。どれ、なら、ひとつ召喚してみようとなって、百物語でもするように一人ひとりが手掛かりを出し合うことになった。それは恰も、ジョーカーよりもっと必要で手近なカードの欠けたままに行われるゲームのようなものだった。
誰かがこう言った。五丁目の、菓子屋のごみ箱に入っていたのを目撃したことがあると。あれは確かに愛だったとその者は力説したのだ。そこまで言うのならと全員その足で確認しに行ったが、箱の中では太陽嫌いのくたびれたシャツや悪口が煮詰まっていただけだった。言い出した者は苦々しげに肩を竦めた。皆で消沈して戻る。別の誰かが言う。実家の猫の吐瀉物に混ざっていたはずだ、あれこそ確かに愛だったと。ならばとまたも全員見に行ったが、猫は突如として大挙した者どもを気遣わしげに検分しただけだった。数日見張って得られた吐瀉物には消化不良の餌と、ところどころほどけて繊毛のようになった毛玉が認められたがそれだけだった。落胆に染まる帰りの列車の中で別の誰かが口を開いた。三年前に世話になっていた家庭教師の上着にぶら下がっていたはず、あれは絶対に愛だった。皆、手を繋いで嬉々として三年前に戻り、驚く家庭教師をそっちのけで上着を奪い合うように見たが、そこには当時一世を風靡したコイン型のブローチがひとつ付いていただけだった。ここまで来たならとことん正体を暴いてやろうと皆、揃って息巻いた。赤かった気がするという者が出たのでこの世の赤という赤をすべてひっくり返した。色は逆剥けてしまい、世界中の画家が大層難儀をした。水辺にあるという者もいたので手分けをして全世界の水を搾り取った。海が干上がり、魚は恥じらった。寝床で泣きながら懐かしい子守唄を歌ったら枕元に現れた、という話も出て、全員で実行した。畑を掘った。森に赴き、沢を歩いた。氷で暖炉を作り上げ、蜂の巣に女王蟻を投げ込んだ。花を育てて摘んで捨てた。冠という冠を壊し、墓という墓を暴いた。あらゆるものを食べた。火の中で踊り、歩いた。ものを創った。沈んだ。殺した。産んだ。産ませた。よく眠り、歌い、そしてどこにも何もなかった。
もう手は尽くした、すっかりそんな気になって、初めのように顔を見合わせ皆で口をつぐむ。その場にいる全員が全員、揃いも揃って愛を知らないのだった。
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