滝壺に骨が落ちてくる。ぽっかりとした空洞がふたつ、握るのにちょうどよい長さと太さの角が二対、縦に細長くて私たちヒトよりも大ぶりで、ざらざら甘そうにけぶる頭蓋骨である。その骨はよく燃えるから、私たちは薪よりもその骨を炎にくべて生きることを好む。不思議なことに滝上から落ちてくるのは頭蓋骨だけで、しかも私たちの誰も滝の上に行ったことなどないので、その骨の持ち主がいったいどういったものなのか詳しいことを誰も知らない。あるいは骨のかけらが水しぶきに混ざって私たちの頬や脹ら脛を濡らしているのかもしれないが、私たちはそれに気づくすべも持たないので結局頭蓋骨だけを見て、今日もよくわからない生き物の骨が落ちてきたなと思うしかない。骨は放置しておけば山になってそのうち水の流れを妨げてしまうし、骨のない生活というのはたいへん不便なように思える、だから私たちは疑問を持ちながらも骨を集めることをやめない。
 便利な頭蓋骨はいつでも流れてくるわけではない。春と夏はそもそも骨がぜんぜん落ちてこない。寒い冬は私たちは身動きがとれないし滝も半分凍って元気がなくなるので秋のうちにたくさん貯めなくてはならない。老いも若きも色めき立って骨を拾い集め、拭いたり磨いたりしてめいめい村に持ち帰り、そうして並べて蓄えておく。より形のよい大きなものを見つけた者は英雄扱いをされてその冬はいちばん初めに焚き火に照らされることを許される。だからどんな人間も骨を集めるときは必死なのだ。

 ネムリ、というのが、歳の近い私の甥の名前だった。
 ネムリの父は私の兄である。兄はさっさと死んでしまって、それでネムリは赤ん坊の頃から私と共に育てられた。ネムリは季節を問わず、滝へ出掛ければ必ず骨を持ち帰る。いちばん大きくて、見目がよくて触り心地もいい、そういう頭蓋骨を拾ってくる。私は彼と歳が近いのもあってかなり仲がよく行動を共にすることが多いのだが、骨拾いにはあまり一緒に行ったことがない。そのためこれは他の者からの又聞きになるが、骨はまるでネムリに持ち去られることを望んでいるかのようにすんなり彼のもとに現れるという。ネムリがいると滝に骨が現れる。ネムリと滝へ行くと必ず滝から骨が落ちてくる。滝にたどりついたときに何も見当たらなかったとしても、そのうち瀑布の中へネムリが音もなく吸い込まれ、やがて彼は青々水をしたたらせ、頭蓋骨を抱いて出てくる。骨はぐずるでもなくネムリの細い腕に身を任せてやすらかに眠っているのだという。どんなときに滝に行ってもそれがネムリであるのならば必ずそういう結果になる。水のちからにも負けずに形を保って落ちてくる、肉のすっかり削げ落ちた頭蓋骨のなだらか。
 久しぶりに滝に行こうとネムリを誘えば彼はただ無言で頷いた。
 夜な夜な骨置き場で頭蓋骨を撫でるネムリの影を思い出す。私は夜の見回りで毎晩のようにそんなネムリを見かけている。骨はその空洞に音と景色とを詰め込んで黙っている。しいんという静寂すらネムリには逆らわない。骨たちから祝福と呪いを一身に受けているネムリ、彼が骨を望んでいるのではなく骨が彼を望むのだ。もっと遠慮のない子どもたちならば積み上げた骨の上で遊ぶのに、大人であってもたとえば祭りの日などは骨を打ち鳴らさずにはいられないのに、ネムリだけはそうしない。ただ時期が来たときに淡々と火にくべていくだけだ。ネムリの手は並ぶ骨たちよりもなお白く透き通っていていっそ滝を思わせた。骨置き場に浮かんだ滝は蝶になり月光になり行きつ戻りつを繰り返しながら私の瞳を刺し、ああもうすぐ到着するはずの滝の音が聞こえる、私はいつもネムリの手をいつか滝で拾ったように思っておのれの胸を抱き締めているというのに。骨拾いに加わって初めて私が掬い上げた骨。あのときの名も知らぬ頭蓋骨の持ち主はネムリではなかったか。一時期はネムリに負けるまいと熱心に滝に通っていた私が骨拾いに最近めっきり同行しなくなったのはたぶん、私には彼さえいれば十分だからだ。
 滝壺のどこにも骨はないように見えた。私のせいだろうかと私は反射でそう感じ、だからそのままの勢いでネムリに尋ねる。愛されて幸せなのか。あけすけな私の問いに彼は何も答えなかった。もしかすると彼のほうは愛されている気がしていないのかもしれないとふと思い至ったが、そちらは声に出さなかった。私は私がだんだんと潤っていくのをただひたすら全身で味わって視線を滝上に移した。深い青と周囲の緑を見ていると、滝の底とはつまり空のことだった気がしてきて、それで私はもう耐えられない。どんなに愛されているとしてもいちばんほしい骨を燃やすことは難しい、とネムリがぽつねんと呟いたのが聞こえた。いつの間にか流れ着いていた頭蓋骨を彼の手が拾い上げている。ひらひらとした踊る手、実にその通りだ、私はそう応じ、ネムリの足元に打ち寄せる小波を見つめる。濡れそぼった骨からネムリの手を伝い落ちたしずくが波紋を作る。

ネムリと骨 200727