大昔、私たちの祖先の天敵だった巨大ないきものがここにはたくさんいて、それがみんな死んで骨になったので、今私たちは悠々と繁栄している。今の私たちに建物を組み立てる技術はあまりない。私たちは地面に巣穴を掘る蟻のようにそのあたりにある骨を掘って住んでいればいいからだ。今は骨になってしまった巨大ないきものたちが、かつてどんな暮らしをしていたのか詳しいことはわからない。どうしてみんな骨になってしまったのかもよくわからない。わかっていることは、彼らはむかし私たちの天敵だったということと、それから彼らの骨は彼らの食べていたもののせいでとてもカラフルだということだ。
 骨の色にはひとつひとつ名前がついていて私たちはそれで世界の色を知る。外に出て青空を仰ぐとき、草花を踏むとき、あの骨の色と同じだと私たちは思う。骨にはそれぞれ多種多様な色がある。それで私の好きな色は、しかしこれがなんという名なのかわからない。名前がないのだ。家のなかでかくれんぼをしているときに私はそれを見つけ、その名前のない色に「ム」と名付けた。ムは無のムである。私の部屋の天井の隅、ベッドのちょうど上にあった。そのとき、あまりに驚いたので、かくれんぼを中断してみんなを呼んだが、友人や家族の誰もがその色がなんなのか知らなかった。それは私たちにとって初めての色だった。私はムに強烈に惹かれていたが、しかし周囲はムを見ても私のように目を輝かせたりはしないのだった。私以外のみんなはやがてムをとるに足らないものだと判断したらしく、そのうち誰も話題にしなくなった。
 私の好きなものが注目を浴びないことは私にとって都合がよかった。誰かに知られると手垢がつくようで、そのうち私はムを秘密にするようになった。ムは見れば見るほどおかしな色だった。無とはいっても透明なのではない。「白」に似ているような気もする。ミルクのようで、しかし翳りもあり、紙よりは黄ばんでいた。
 あるとき家の工事をすることになって、骨を掘るための者が我が家にやってきた。私は私の部屋をなるべくいじらないように頼んだが、父も母もろくに取り合ってくれず、とうとう工事の人が部屋に入る日になって、それで私は意を決してそのひとの前に立ちはだかった。そのひとは私を押し退けることもせずに黙って止まっていた。大きく澄んだ目だけがぐるぐる動き、私の部屋を観察し、やがて私の守っているムを見つけた。
 これは骨の色だよ、とそのひとは言った。骨はもっと極彩色だと私が返すとそのひとは更に言葉を重ね、これは骨の本来の色だ、と私に言った。どうして知っているのか私が尋ねると、仕事柄よく遭遇するからと彼は答えた。骨の本来の色だ、あなたの歯がいちばんこれに似ているかもしれない、その歯がつながっているあなたの体を支えるかたいものに、そう教えられて私はつい、両手で口許を覆ってしまう。巨大ないきものたちにだけでなく、私にも骨があることを、そのときまで私はすっかり忘れていた。
 工事の人は結局そこをいじらずにいてくれて、それで部屋の隅のムは今もそのままそこにある。父や母や友人たちは私の部屋に何があるか、もうすっかり忘れているだろう。私は寝る前、出掛ける前、必ず部屋の隅を見上げる。ミルクのようで翳りがあり、紙よりは黄ばんでいる、骨の色である。私の骨の色である。

ム 200414