私の模様はどうしてか、周りと違うのだ。ぽんと指で押さえると、恥ずかしそうに揺れて別のところへ移動する。水面のようでもあり油膜のようでもある。底意地が悪く、掴むのが難しく、正面切って見つめていたくない色と形だ。対して周りの模様はというともっとシンプルでおいしそうなのだった。あまり派手ではない。というより、最近は模様そのものがほとんど見えない、模様なしのひとのほうが多い気がする。あったとしても動かない。指から逃げることもなければ向かってくることもしない。子どもの頃、模様の差について微塵も意識していなかった私は、隣の社に越してきた親子連れの模様なしに、模様はふつう動きませんよ、下品な子ですね、と急にたしなめられた。私は特別何かをしていたわけでなく、ただ、自分の社の前で掃除をしていただけだ。血の代わりに落とされていた花びらを集め、明日の分のねどこを作らなくてはと画策していた。花の量が足りなくてきっと薄いねどこになってしまうだろうとそう残念がっていた。寝耳に水でたしなめられて驚いた私の模様はもっとうねった。私を睨みつけていた親子の目が競うようにもっともっと吊り上がり、模様はというともっともっともっとうねり続け、どうにも収集がつかなくなって私は社の中へと逃げ帰ったのだった。その晩、親に模様のことを聞いたが、気持ちはなんにも明るまなかった。親は派手な模様持ちだったがそれについて子に対して理由の説明も寄り添いもないのだ。私は一晩中ため息をついていたものだった、思えば、あれが模様に関する最初のネガティブな記憶だ。
 受け継いで自分一人になった社を見渡して思う。もはやここにあるのは無駄なものばかりだ。お堂ではないはずなのに伽藍になってしまった。いつかの宵と同じようにため息をつくと、模様が蠢くのがわかる。呪いのようだ。他のものの模様はどれひとつとして苦しくない、みんなそれぞれ美しいだけなのになぜ私はこうなのか。親のように社から一歩も出ずに一生すごせば済む話なのか。
 模様、おまえはいったい何者。私は毎晩、模様にそう問いかけるようになった。社に眠る鏡も水も、私の模様をけざやかに示せど答えはよこさない。模様は動く日もあればだんまりを決め込む日もあったが、あるとき私は私の模様が自分自身の悲しみで動くのではないかと仮説を立てるに至った。じっさいそうであるかもしれなかった、模様は私が嘆くとちょうどそのタイミングで踊り始めるのだ。私の日焼けを食べながら肌を這って爪を舐め、ひじのとげを削り、皮膚の内側をくすぐって臍。産毛を逆立てる。風に撫でられきもちがいいと私が感じるよりも早く毛肌が思う。それが証拠に風の吹くたび模様は激しく暴れ、何度もうなずいた。私はこの活きのいい私の模様をどうしてくれようか幾度も悩んだ。私は模様のために生きているのかもしれなかった。模様が私なのかもしれなかった。
 模様と一緒に生きてはや数十年が経ち、私はとっくに模様の動きに慣れていたが、寂しさだけは消えなかった。ほんとうに私のこの思いが模様を動かすのか。それとも模様が動くから悲哀と孤独があるのか、だんだんわからなくなってくる。前者だとは思う。私のねどこを誰一人蔑する権利などないように、周りを気にして模様を止める必要などない、それはなんとなくは理解できるが、止めてみたらどうなるだろうとときどき思った。止まるわけがない波を押しとどめようと願うような、それは禁断の一念だった。社から一歩外へ出る。好奇の視線が矢として突き刺さる。毬栗の皮のようになりながら私は、明日もねどこは薄いと思う。足元に散る花はずっと少ないままだ。鼻を鳴らしてしゃがんでそれらを拾う。もう誰も私のそばには寄って来ない。確認できないが、私の全身を舐める火のように模様は動いているのだろう。悲しみから離れたら私の模様は止まり私はおそらく悲しくなくなる。当たり前のことを考える。
 一人の子どもが私を指差し、きれいだよと言った。そのことばはいっかな私を慰めなかった。卒然と立ち上がり人々を眺め渡した私の肌から突如として模様たちが飛び出した。わっと声が聞こえるようだった。私の模様たちは、あたりにいる模様持ちにも模様なしにもそれ以外にもみんなみんな無差別に飛びかかり、その体を締めつけてすべてを取り込んで、ひたすら立ち尽くしていただけの私の肌へと何事もなかったかのように帰ってきた。あたりにはもう誰もいなかった、どこまで何を探してももぬけの殻の社しか並んでいないのだった。世界から、模様持ちも、模様なしも、それ以外もすべてが消えて、そして私の肌にはすべてがあった。
 以来、私は、私の模様と、そしてみんなと住んでいる。私が水鏡を見つめて模様を触ると、気まぐれに動く模様のなかで、みんなはめいめい家を建てたり、身を寄せ合ったりして生きているのがよく見える、私たちは例外なく孤独知らずで一緒にいる。これからも一緒にいる。それでもずっと悲しくて寂しい。以前より模様は大人しくなったがときどきむずがる。今度みんなを連れて遠くへ行ってみようと思う。模様に住むみんなにいい景色を見せるために。


模様持ち/不可村/240106/Repost is prohibited.