金の靴がほしい。金の靴は金でできていてかちかち鳴る。金だからやわらかい。ちょっと叩くと変形するから気をつけなければならない。熱にもあまり強くない。金は少しだけマットな質感で、光をあまり反射しないので、目に優しい。突如頭の中に現れた金の靴は堂々と思考を闊歩するのだった。金の靴は得意げに踊り、片足をあげてステップを踏む。金の靴は騒がしそうに見えて結構おとなしい。まだ手に入れていないのに、金の靴はまるですぐ目の前にあるかのようだった。重さを思い出せるほどだった。さっき起きてすぐに磨いたような気さえする。顔を洗って玄関を見る。どこにも金の靴はない。まだ買っていないのだから当然だった。どこに行けば金の靴を手に入れられるのか、そればかり考えた。バイト先の者に打ち明けたところ、高級な靴がほしいんだね、というコメントが返ってきた。金の靴を値段で考えたことがなかったので驚いてそこで話は終わってしまった。家路について、それでもまだずっと金の靴について考える。金の靴は高級らしいのだった。高級なものという情報がついてしまった靴。高級なら手軽には買えないことになる。もしかすると値段で物を見る人たちに指をさされてしまうかもしれない。どこかの未来の自分の靴。かちかち鳴っている。その足で靴屋に入って、そこで金の靴を探した。破産してもばかにされても金の靴がほしかった。その店にはメッキの靴しかなかった。店員に尋ねると、金の靴は流行らないからどこも作っていない、と教えられた。メッキの靴を買って、それから五年ほど履いた。メッキの靴は軽くてぺこぺこしていた。反射した光が目に痛かった。歩くたびに地面から浮き上がり、いちいち飛びそうになった。履き潰す頃、メッキはとっくにすべて剥がれていた。メッキの靴は白い石の靴になっていた。くたくたで底に穴まで空いているそれをまとめて縛って捨てた。捨てたその日に泣いた。メッキの靴は一度としてかちかち鳴ってはくれなかった。金の靴がほしい。

偽物 190627