八の字と呼ばれている友人がいる。その友人とわたしは幼稚園からのつきあいで、今年わたしたちは高校三年になるのでかなり長いつきあいだということになる。わたしはメイクをしなくてもつりあがったような眉をしているのだが、友人は生まれつき八の字眉だ。八の字は色白で、今流行りの雑誌なんかに載ったとしても違和感のない顔だとわたしは思っている。そしてそのうちそれは本当になり、八の字は読者モデルとして活躍するようになった。わたしは八の字の出る雑誌ならなんでも買った。わたしは八の字の顔が好きだった。八の字のために八の字眉が世界にあるような気さえしていた。どうしてそんな顔なのか気になったこともあったが、容姿のこと、それも生まれつきのものを問いただしても悪いと思ったので、黙っていた。ある日、下校途中、八の字はいつもの八の字眉でこう言った。「私、生まれたときから困ってるんだ。すごく困ってる。だからこの表情なの。でもみんな私の顔を生まれつきだと思ってるみたい。私はいつも不安を眉に反映させてるのに」八の字はかばんにつけたメロンのキーホルダーをずっと指でなでまわしていて、わたしはそれが気になった。ほそくて白い、八の字らしい指だった。そして八の字は次の日から学校に来なくなった。事務所に正式にスカウトされたのだろうとわたしは思った。とうとう芸能界入りだと騒ぐ田舎を置き去りにして、八の字は消えてしまった。わたしもしばらくしてから都会に出た。八の字の顔を日常的に見られない田舎には用事がなかったのでちょうどよかった。
 このあいだ、八の字をテレビの歌番組で見かけた。街頭ビジョンいっぱいに映る八の字の顔は相変わらず白くて端正だった。わたしは真っ先に彼女の眉を確認する。八の字だった。八の字は今でも困っているらしかった。何に困っているのか、あのとき、聞きそびれた、と、わたしはふと思い出す。八の字の八の字が作られた表情であることを、たぶんわたしだけが知っている。八の字は目を逸らさなかった。わたしも八の字から目を逸らさなかった。

わたしのはちのじ 190901