あふれかえったパフェを見ている。パフェでも作ろうか、と彼がいうので、僕は花嫁のドレスみたいな器を持ってきた。材料担当の彼は、塩水につけないと傷んですぐに茶色くなる林檎を持ってきた。だから今僕が見ているこれは林檎のパフェなのだった。林檎は、たぶん、パフェには向いていない。彼だってそんなことはわかっていたと思う。しかし、彼は林檎を持ってきた。器がふたつでは到底足りない数を誇らしげに持ってきた。林檎だけではなく生クリームも入れるつもりだったからどう考えても林檎をすべて入れるのは無茶だと僕は思ったが、彼は強行した。林檎の皮を剥いてブロック状に小さく切り、それを器にぽんぽん入れる。泡立てておいた生クリームを叩き込んで隙間をなくす。埋め込むようにまた林檎を入れる。林檎はぜんぜん減らなかった。生クリームを重ねる。なめして言うことをきかせる。うすくやさしいイエローと白の層が分厚くなっていく。パフェはどんどんそれらしくうずたかくなっていくが、林檎はなくなる気配がなかった。さいごの仕上げにうすくスライスした林檎を乗せて、そしてふたつのパフェはできあがったが、案の定、やや器からあふれかえっている。塩水を張ったボウルにも林檎がまだまだ残っていた。思い返すと彼は出会ったときからずっとこういうことをするひとで、たぶん出会う前からずっとこうだったのだろうと思わせるほどには自身のことを持て余していて、それはちょうど成長期の若者が長い手足を持て余してあちこちにぶつけてしまうさまにそっくりだった。どこにもおさまらないのだ。彼はどこにいてもあふれる。どこにいても彼の周囲は足りなくなってはちきれる。破けるシャツや飛び散るボタンから見える体、寸足らずの裾から出る手足、湾曲して壊れる段ボール箱とその内容物、箪笥からはみでる衣服、隙間のない本棚と本、彼を見ているとそんなものばかりが思い浮かぶ。彼は世界からあふれる。彼は彼からもあふれる。ブロック状の小さな林檎はボウルのなかでうっすらと変色しつつあった。塩分が足りなかったのかもしれないと思った。しかしできあがったパフェをいざ口にしてみると想像よりも塩味が効いていて、それは生クリームの甘さを引き立てるようでいてそんなことはなく、甘いのかしょっぱいのかわからない混乱した味になっており、思った通りに林檎はパフェには向いていなかったのだと認めるしかなかった。僕は食べたぶんできたスペースに林檎を押し込んでみる。生クリームのなかをにゅっとすべって林檎は沈み、押し出されて反対側の林檎が飛び出す。スプーンを持ち直し、無言でそれを押し戻した。こちらがわの林檎が飛び出した。ドレスをさかさまにしたようなガラスの器から林檎は何度でも飛び出した。おさまらないのだった。林檎はもうすっかり茶色になって、やはりこのパフェはあまりおいしくないし、見た目もよくない。もう二度と作るまいと僕は決意する。泣くなよ、と隣から彼の声が聞こえた。
アップルパフェ 200511
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