300字SS

 寝食もおろそかにして本を読む幼い私に、父がとつぜん、生まれ故郷のことを語ってきたことがあった。父の故郷は本でできている。通り一面が古本屋で、人々は本を机にして本を読み、子どもたちは本の神を拝み、本でできているブランコに乗り、本でできた布団で眠る。そこは本でできた町だ。父はそういう、私のような書痴にとっては夢とも思えるところで生まれたと言うのだった。いつかお前も行けたらいいね。父はそう話を結んだ。成人してから私は都会に出たが、父の故郷にはまだ行っていない。地下鉄で通りすぎるその町の駅はふつうの顔をしている。しかし私はそこがなんであるか知っている。本でできた町は今も同じ場所で私を待っている。



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「夢の神田古書店街」
一次 お題:夢
191005 Twitter300字ss 企画さん参加作品。空白改行無視で298字。