300字SS

 前にどこかでお会いしていませんか。道を歩いていて突然声をかけられた。もちろん会ったことはある。私はこの人を知っている。あの戦いのときにこの人は落馬して一人森をさまよっていた。かつての私はこの人が湖畔で木の実を食べているところに通りかかり、声をかけた。割れた鎧と金の髪。手から落ちる木の実。この人は私を見て怯え、そして逃げようとした。それは敵わなかった。悲鳴がこの人の最後の声となった。やがて私一人となった湖畔は静かだった。
 相手は何も覚えていない。先の言葉は口から出任せの挨拶なのだろう。だから私は首を横に振る。相手は落胆して話はこれきりだ。しかし私は覚えている。今のやり取りも含め、何もかもずっと。


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運命
一次 お題「あう」
190706 Twitter300字ss 企画さん参加作品。空白改行無視で299字。